ただ一緒にいただけ

そこにいてくれさえすれば

2017ねん

おつかれさまでした!2017ねんおつかれさま。
よく頑張ったよね、よく頑張った!と思います、みんな。

とにかく激動だった2017ねん。ひろちゃんは仲田から百名になったし、トラジャは8人から5人を経て7人になったし、それに伴ってそれぞれ該当担さんは沢山悲しかったり辛かったり悔しかったりってそうゆう思いもしたけれど、結果的にどうだったかなぁ?!?!
きっと未だに諦めきれない、あの形が好きだった、という人もいると思うし、中には辛くて離れてしまった人だって沢山いるとおもう。大勢が「いま」になんとなく慣れていく中で、劇的に新しい何かを見つけていく中で、自分だけずっと過去から動けなくって、って人だっているかもしれなくて。その気持ちは誰がなんと言おうと絶対に間違ってなんかないし、そもそも正解なんてない。良いも悪いもない。その方たちも、いつか「いま」を好きになれたり、新しい何かを見つけたりして、前を向ける日が来たらいいなぁって思います。無理にそうならなくたっていいし、焦らなくたって急がなくたってきっといいのだけれど。ちゃんと悲しむことが大事って、ボクハレすみえさんが言ってました。

ただ、それでも、私の目に見えた多くのひとは、「いま」を好きになれた人が沢山いました。たくさん泣いて悲しい思いして、やだやだって言って、落ち込んで絶望して、それでも、前を向いて笑うあの子たちの姿に、やっぱりすきだ、やっぱり応援したいって、また笑って。好きだからこそどん底を見たけれど、その度に堅い決意と優しさと笑顔ととびきりの演技やパフォーマンスを携えて何度だって引き上げてくれたのは、やっぱりあの子たちで、ひろちゃんは、あの9人のとらびすじゃぱんは、どんな「いま」も結局はしあわせだって思わせてくれる人たちだなぁっておもいます。この激動だった2017年を経て、今一番思うのは、今一番願うのは、いつだって前を見て頑張ってくれるあの子たちと、あの子たちの背中を一生懸命押そうとするファンの人たちが、みんなみんな、幸せになってほしいなぁ、ってことです。沢山辛い思いもしたから、お願いだから幸せになってほしい。だけど、あの子たちは幸せになれる子たちだし、そんなあの子たちを応援しているのだからファンの人たちだって絶対にしあわせになれるし、いまだってしあわせだよ!って怒られてしまいそうだけれど、それでも、もっともっと、みんな、沢山笑って、沢山いい思いして、しあわせだなぁって沢山沢山思えたらいいなぁ、って、おもいます。





2017年。
めちゃくちゃ楽しくて、今も曲を聞くだけで楽しかったあんなことこんなこと、あんな顔やこんな顔が思い浮かんで、もう戻らないことが寂しくて泣きそうになるくらい、そのくらい楽しかった1月。(これはジャニーズが、俳優が、とゆう話ではなくて、同じ時間は二度とないという意味で。)疑惑と反発、困惑と懇願の2月、絶望、無、励ましと慰め、優しさの3月。光をみた4月、嬉しかった5月、がんばれがんばれって沢山祈った6月。そして、すきと涙と信頼と涙と涙と涙と涙の7月。怒涛の出演舞台発表の8月に、匂わせ始めた(笑)9月に、1年後のお仕事まで決まっちゃった10月!優しくて優しくて前を見れなかった11月と、主演舞台発表の11月と、楽しそうで嬉しくって堂々と立っているのが嬉しくって真ん中でにこにこしているのが嬉しかった12月。はい、2017年でした。

心情的にも内容的にも濃すぎて濃すぎて、すごいスピードで色んなことが進展していって、本当に1年の間にあったことなのかな???って時空の歪みを感じるけど、振り返ってみるとほんとに全部2017年のことで。見ていただけの私がこんなんだから、ひろちゃんの体感って3年くらいなんじゃん?って思ったり。そんくらいすごいスピードで置いて踏み出してきっと沢山努力してどんどんどんどん前へ進んでいったひろちゃん。そうしてこの1年で、ひろちゃんは沢山沢山変わって、だけど、中身は全然変わらないひろちゃんで、ずっと好きでしかなかった2017年でした。

知ってるようでいて、ひろちゃんのこと全然知らなくって、それをとても痛感して少し寂しくなったりもしたけど、それ以上に知らないひろちゃんのことを知れることが嬉しかった。
ひろちゃんのことをひろちゃんの言葉で沢山沢山知れるのが幸せで、ひろちゃんの言葉を聞いてひろちゃんのことをまた少し好きになるのが幸せで、ひろちゃんの言葉にたくさん救われました。



楽しくて自由を感じて、それが俳優になろうと思ったきっかけで、なのに、自由を求めたはずなのに、自由になるのは難しかった、と語ったひろちゃん。

少し寂しかった、けど、そのために踏み出せたことが輝かしかった。悩んで立ち止まるひろちゃんに、ぎりぎり痛みを感じながら、頑張れ、頑張れ、って念じるしかできなくてもどかしくもなった。ひろちゃん、2017年は苦しかったですか、楽しかったですか。ひろちゃんの選んだ道に誰も彼もどうこういう権利はなくって、どんな未来があっても、ひろちゃんがこれでよかった、今が幸せだ、って思えたなら、それはひろちゃんにとって正解で成功なのだと思います。ひろちゃん、2018年も、どうかどうか前だけ見ていて。









この一年で、わたしはとっても身軽になりました。それもこれも全てはひろちゃんが一度はいなくなったことがきっかけなんだけれども。ずっと色んなことを後悔したくなくて、あのときああしていればとかって思いたくなくて、何となく手広く色々欲張って抱えて生きてきました。正直たいへんだった。大して必要のないものを身の回りに置いておくために労力を使ったり、お金を使ったり、そのために本当に大事なものを大事にできていなかったり。そのことにわたしは特に疑問も抱いてなかったし、なにが大切か、なんてそもそもあまり考えたことがなかった。

ひろちゃんがいなくなって、悲しくて悲しくて、ひろちゃんの姿を探してひろちゃんの言葉を探して色んなものを広げて、あのとき、あぁひろちゃんってこうだったな、あぁだったな、って思って。たくさん好きなひろちゃんがいて、だけどそのひとつずつをもっともっと大事に楽しんだり噛み締めたり出来たはずなのに、なんとなくそのまま蔑ろにしてたなって思って。ひろちゃんが戻ってきて姿を目にしたとき、ひろちゃんがいてくれさえいればこんなに幸せで、ひろちゃんがそこにいてくれるなら他にはなんにもいらないな!って思った。大切なものがあることは、大切なものを大切にできることは、当たり前じゃなかった。
それがきっかけで、アイドル界隈のあれこれだけじゃなくって、仕事も私事も、やりたいこととか、服とか物とか。時間の使い方とかお金の使い方とか、どうやって何をして生きていくかとか。いろんなことがすごくシンプルになって、そしたら不思議なことに前より大切に想うものが増えました。増えたってゆうのは、無駄に必要と想う、のではなくて、今まで必要ないのに手放せないものが沢山ありすぎて手がいっぱいいっぱいで、それを全部手放したら、本当に大切なものをちゃんと大切に想う余裕ができた。身軽になってフットワークも格段にあがった。そしたら、毎日楽しくなった!!大切なものにあふれていて毎日大切にしたくて、全部大切にしたくて。そうゆう毎日がやってきました。

ひろちゃんが今年、今の道に進むためにいろんなものを手放す覚悟をしていなかったら。ひろちゃんが覚悟したあのタイミングに、私があんなにひろちゃんにのめりこんでいなかったら。ひろちゃんが頑張っていまを手にしてくれていなかったら?百名ヒロキが生まれた場所があの場所じゃなかったら???どうなってたんだろうな〜って思ったり。




あとは、これもひろちゃんがきっかけで、今年はたっくさん演劇をみました。ワンルームくらいの広さで20人くらいの規模でやるものもあれば、3階席くらいまである1500キャパのもの。ミュージカル、ストレートプレイ、時代劇、群像劇、コメディ。起承転結がしっかりしていてしっかり終わりがあるもの、日常を描いて続きを想像させるもの。ほんっとに、色々観た。正直相性が悪かったのか、よく分からずにいつの間にか終わったものも沢山あったし、理解が追いつかずに何も残らずに終わったものもあったり。起承転結がしっかりしているものはやっぱりスッキリして終われるものが多くて観ること自体はとても楽チンだったりもした。逆に明確にこうゆうことだった、って言葉では説明できなくても、なんだか素敵だった、なんかジンとした、分からないけど涙が出た、なんてものだってあったり。初めはちゃんとした終わりがないものに対して、もやもやしたり答えがほしかったりして、それだけで相性が悪かった、なんて思ったりもしたけど、終わりがないものもその余白を楽しめたり、楽しめなかったり。ただ、全部に共通していたのは、始まり5分で私はいつも泣きそうになってしまう。人が何かを伝えようと本を書いて、それを体現しようと演じる人がいて、それを後押しする音楽だったり照明だったりがね、力合わせてこちらに何かを発信しようとしている、ってことが、どうしようもなくかっこよくて素敵で。人が体一つで全力で作るものを目の前で観る、というのは毎回毎回内容がどうであれ心にガツンとくるものがあります。そうやって舞台に立つ人たちのことを心底尊敬したし、ひろちゃんもこの世界にいるのだと想うと、その眩しさにどうしようもなくなるのです。ここに足を踏み入れなければそうそう知れなかった素敵な人たちに出会えたのもまた嬉しくて、多くの人に知られなくても書くことが好きだったり演じることが好きでこの世界に生きる人たちが、こんなにも沢山いることに驚いたし、みんなちゃんとお仕事が途切れずにあるのも、簡単じゃないんだろうけど、すごいなーって驚いた。

作り手の意図することをちゃんと、受け取りたいと思っていて、それは小さい劇場で行うものであればあるほど難しかったりする。万人に分かりやすいようなものは少ないような気さえする。だから疲れる。分かりやすくないからね。行間を読み取る力が必要。気持ちを汲み取る力が必要。感じる力が必要。答えを教えてーーーっ!!ってなることも多いけど、私はひとまずこの過程がだいすきです。ってゆって、小さい劇場のものばっかり見ていて久しぶりに大きな舞台でミュージカルとか見ちゃうと、なんかもう素敵すぎてそれだけで涙が出たりする。結果どっちも好きみたい。

もともと本が好きで、テレビドラマが好きで、映画が好きで、暇さえあればツタヤで時間を過ごしたり家でテレビにかじりついて過ごしていた人間なので、演劇の世界を好きにならないはずなかった。こういう世界を知れて、良かったなぁ、って心底思います。






1年後までお仕事は決まっていて、チケットだって確保してあって、何の心配もないのだけど、そこにいてくれることは奇跡みたいに嬉しくて幸せなことって忘れないように、会える機会があることを当たり前に思わないように、ちゃんとひとつずつ大事に大切に感謝しながら、迎えたいなぁ

2017年、いろんなものをもらいました、ありがとう。2018年もきっと、楽しませてよね。

終わらない世界 鼻息の荒い感想文

終わらない世界!情報が公開されてからずっと楽しみにしてた舞台。ひろちゃんはというと、マクベスを終えてすぐにお稽古に合流、1ヶ月弱のお稽古を経て初日を迎えるっていうなかなかの過密スケジュール。お仕事にお仕事が重なり、いつあの膨大な量のセリフを覚えたんだろうか、とか、ちゃんと休む暇はあったのだろうか、とか今までだってそうやってやってきたんだから、きっとなんとかかんとか頑張って吸収して前見てわっ!と驚かすくらい素敵な姿を見せてくれるだろうとそこは信頼しかしてないけれど、それでも勝手にちょこっと心配して過保護になる気持ちがあったりなかったり。(笑)当のひろちゃんは、毎日楽しそうで、ダンスをみんなに教えてあげたりだとか慕われて頼りにされて、すっかりしっかり愛されて、ここでもやっぱりいつもみんなの真ん中にいて、笑顔が集まる場所になっていて、座組みの主要人物になっているようでした。
共演者の方が教えてくれる稽古場の様子もとってもかわいくて相変わらず顔がかっこよくて嬉しくて楽しくて沢山ときめいて、そうして公演日まで楽しみに楽しみに待つことができて、迎えたわたし的初日。中身はというと、正直私は1回目では全然頭が追いつかなくて感想があまり出てきませんでした。ただただひろちゃんがそこに立っていること、0番でピンスポ浴びていること、沢山沢山喋っていること、歌って踊ってくれたこと、カテコがやっぱりひろちゃんでしかなかったこと、が嬉しくて仕方なかった。悠河さんのスタイルの良さ、かっこよさ、かわいさ、お茶目さ、キラッキラの目には心を奪われたし、きょーのさんの辛気臭い女の子からのイケイケばりばりどんどん系女の子への豹変っぷりに驚いて、どんな人なのか知りたい欲がふつふつ湧いたりしてました。





内容を自分なりに理解するまでに私は観劇3回は必要で、自分なりに解釈するまで5回は必要でした。1回見ただけだったらほんと、ありとあらゆるところに仕込まれた笑いに全部もってかれてなんとなく楽しくてなんとなくキラキラしててなんとなくハッピーエンドで、あぁよかった!で終わっていたかもしれない。そうゆう楽しみ方ももちろんあっていいのだろうし、それはそれで正解だったと思う。ただ、何度も見てひとつずつ整理ができてくると、一見詰め込みすぎでは、ってくらい濃密なのに、登場人物の人生を想像させてくれる余白が沢山あって、きっと見た人の分だけ解釈があって、描かれていない余白を頭の中で埋めるのが楽しくって楽しくって、何回見ても新しい発見があって、何回見てもわからないところだってあって、何度見ても新鮮に楽しめるというのは本当にすごいなぁと思いました。







「終わらない世界」初日を控える座組の物語。小惑星の衝突で世界が終わるかもしれない、物語。小惑星がはずれて終わるはずだった世界が終わらなかった物語。物語の主人公は、"15歳で舞台デビュー、女優として世界で活躍して、モスクワで全財産使い切るパーティをして、シチリアでマフィアのドンと結婚、ドンの3回忌で日本に帰国して女優復帰、初主演舞台の「終わらない世界」の再演を控えその初日に世界が終わるかもしれない、、"ってゆう波乱万丈な人生を歩む舞台女優、七瀬ミワコ...だったのかな?もちろん物語の中心にいるのはミワコで、悠河さんは圧倒的な存在感だったのだけれど、誰が主人公でも1本筋が通ったお話になっていて、沢山の筋が交わる場所が劇中劇「終わらない世界」の舞台上、だったような気がします。ひろちゃんは脚本家を夢見る美術部の下っ端、小道具係の守口トモルくん。



世界が終わるかもしれないとき、今自分にとって大切な人・場所だったり、自分の信念だったりでどう行動するかは様々。それぞれの人生、それぞれの世界がそこにある。

自分にはこれしかないから、と劇場にいるトモルくんとミワコさん。
世界の終わりを楽しもうと女の子2人と過ごすオリジナルさん演じるプロデューサーの田沼タカオ。
自分だけは生き残ってやるという思いでとりあえず避難する舞台役者のほたてさん演じる野宮さんと渡辺さん演じる塚本さん。
最後の日くらい家族で過ごそうと家にいる歩己さん演じる舞台監督の熊川先生と、その妻の真奈美さん演じる舞台俳優のミチヨさん。
世界が終わるはずないと予定通りの行動をする藤田奈那ちゃん演じる無名役者のミナちゃん。
ミナちゃんにゾッコンで世界が終わる時も一緒にいたいと、ミナちゃんが歌の練習をするカラオケに押しかける安楽さん演じるタダシくん。

世界が終わる(かもしれない)、または、世界が終わらなかった、ことを機に、本当に大切なもの、を考えることになるわけです。








なにが難しいって、この舞台は「終わらない世界」がテーマで、劇中劇も「終わらない世界」がテーマ。本編のキャラクターにも劇中劇のキャラクターにも、ひとりひとり自分の世界があって大切なものがあって人生があって過去と今と未来がある。それを本編の中で過去と現在と劇中劇をいったりきたりしながら物語が進むから、整理するのがちょこっと難しい。その上、本編では、それぞれの、「終わらなかった世界」だったり「終わって始まった世界」だったりで「終わらない世界」を描いていて、劇中劇では、自分の世界をどう作ってどう生きるか、みたいなところで「終わらない世界」を描いていて、「終わらない世界」の描き方が違うからそれもまたややこしくなって整理が難しい。
でもちゃんと整理すると、登場人物の言動や感情は、吹原さんがいってたように、きちんと全部線になっていて、都合よくそこにいるキャラクターは本当にいない。だからこそ、全部が濃密で、一度見ただけではわたしの脳みそでは解釈が追いつかなかったのだけど、きちんと線で繋がると、葛藤と憧れと諦めと後悔と希望とって、それは身近な感情で溢れていて、終わるはずだった世界が終わらなかったときのひとりひとりの世界が、悪くないもの、素敵なもの、だったりして、そこにとてもパワーをもらえるお話でした。






私は個人的にほたてさん演じる野宮さんが大好きでした。というか、ほたてさんの演技がとても好きで、泣きたくなるやつで、ほたてさんが好きでした。
野宮さんは役者という職業と自分の演技に誇りを持っていて、演じることが大好きで、真面目に努力して経験と実績を積み上げてきた。自信だってある。だけど、どうしても、スター性があって華があって、なんでも持っていてやることなすこと注目されて、誰からも愛されて自由で、そうゆうミワコと自分を比べてしまって、ミワコと仲違いしてしまう。ミワコの実力を認めながら、必死で否定して、そんな自分も嫌いで。こんな世界一度終わってしまえって、自分は必ず新しい世界に生き残って、そこでならなりたい自分になれるかもって期待してる。
図らずとも野宮さんと世界の終わりを共にする(かもしれない)ことになった塚本さんは、野宮さんと同じように演じることが大好き。だけど、なかなか大きな役が回ってこなくて、自分は主役をはれる役者じゃないんだって半ば諦めて自信だってなくしてしまって、小さな世界に閉じこもってる。それでも演じていたくて、演技で勝負するというより、周りの顔を伺って、みんなが気持ちよく仕事できるように計らって、横の繋がりにしがみつこうとしてる。そうゆうずるい自分に気づいていて、塚本さんは自分のことをごますり役者って表現するの。
自分と同じように、経験も実力もあって演技が好きな塚本さんが、自分のことをそんな風に言うことが野宮さんは許せなくて。自分とどこか似ているから尚更。
世界が終わらないと知って、2人は初日公演のため劇場に向かおうとするけれど、避難したビルのシャッターが開かず出られなくて、困った2人は、SNSで自分のファンに助けを求める。そこで野宮さんは、一番に助けに来たのが塚本さんのファンだったら、野宮さんが事務所に頼み込んで、塚本さんの主演舞台をやる。野宮さんのファンだったら、今後2度と自分のことをごますり役者だなんて言わないでって提案するの。

どちらのファンが一番にきてくれたのか、結局明かされなかったけれど、きっと2人ともたっっっっくさんのファンの人が来てくれたんだろうなぁって思います。沢山ファンの人が来てくれたことで、野宮さんは、自分の演技を見たいと思ってくれている人がこんなにいる、誰かと比べなくたって、他の誰でもない自分を認めて求めてくれる人がこんなにいるって気づけたんじゃないかなぁ。塚本さんも、自分が思っていたよりずっとずっと沢山のファンの人がきてくれて、それは、自分は自分の思っていたような役者じゃないってことを意味していて、自信がついた。自分なんて、と抑えることをやめたから、そのあと大きな役がどんどん舞い込んできたんじゃないかなぁって。
終わって欲しいと思っていた世界は終わらなかったけど、2人が今まで見ていた世界は確かに終わって、今見ているのは間違いなく新しい世界。清々しい顔をしてミワコに手を差し伸べる野宮さんの自信と誇りと愛に満たされた笑顔がとても素敵でほんっとうにまぶしかったです。


全然宝塚のこと知らないし、悠河さんのこともほたてさんのことも知らないけど、トップスターで大先輩できっと憧れの的だっただろう悠河さんのライバル役を、宝塚の後輩のほたてさんがやっていることに、本当なんにも知らないけど勝手に感情移入したりして、最後の終わらない世界で悠河さんとほたてさんが2人で踊るところは毎回泣きました、、( ・_・̥̥̥ )




あとはミナちゃんもとっても振り切れた役で好きだったなぁ!ああいうタイプの子は、手段はどうあれ、全てを自分の力に変えて上り詰めていけるタイプよね、(笑)雨上がりレインボーデイがとてもキャッチーでかわいくて、昭和と平成のアイドルを半分こしたみたいな振り付けがかわいかった。キャラ作りを徹底していて最高だったし、豹変っぷりが気持ちよかった!あの豹変をもってしてもまだミナちゃんにゾッコンなタダシくんに、2人がなんだかうまくいきそうな雰囲気でとてもほっこりしました。



初演でも再演でもミワコと野宮さんの仲介に入ったミチヨさん。事件が一件落着して何も知らずに呑気に入ってきたミチヨを見て、お前はほんっとにも〜って愛しそうに幸せそうに笑う熊川先生に、ミチヨさんのこうゆうとこ好きになったんだろうなぁって思いました。ミチヨさんの魅力を再確認した熊川先生はミチヨさんの主演舞台を手がけて、ミチヨさんは嫌がりながらも、こっそり熊川先生のほっぺにちゅーしたりして、なんだからぶらぶな熊川夫妻はかわいかった。








ミワコは、女優としての地位、美貌とお金と愛と天性の才能と、一見何でももっているように見えるのだけれど、どこか寂しさがある。沢山の人に愛されているけれど、ミワコ自身を本当の意味で愛してくれる人なんていない、と思ってる。めちゃめちゃ勝手に余白を埋めると、ライアンと同じように、ミワコも孤児だったのかなぁ、とか。無条件に愛された記憶も無条件に愛した記憶もない。愛してくれるなら、それがどんな愛かなんてなんでもよかった。何でも受け入れて求められるままに流されるようにしてここまできた。でも、そうやって生きてきて、なんとなく幸せだったしなんとなく色んなものを手にしてきたけど、世界が終わるかもしれないという日にミワコはひとり劇場にいて、やっぱりそこには誰もいなくて。世界の終わりに一緒にいたいと思ってくれる人必要としてくれる人はいないんだって実感してしまって、それ故の第1幕始めのあの寂しそうな表情と諦めたように小さく笑うミワコがいたのかなぁ、とか。
自分から誰かを求めたり本当に誰かのことを好きになったことがないから、付き合うとは?恋人とは?なに?って思っていて、だけど、シチリアで敵対する組織から命を狙われていた時に、命がけで守って役に立てたのが嬉しいって笑ってくれたタカオは、もしかしたら他の人とは違うのかもしれない、って少しだけ期待していて、タカオがくれたネックレスを常に身につけてる。そのネックレスの石が本物か偽物か、というのは、タカオの気持ちが本物か偽物か、と同じ意味をもつと思っているから、決して自分からそれを知ろうとはしない。
トモルくんに心を開いてください、あなたを救えるのは僕しかいない、と言われてハッとして一瞬口元を柔らかく緩ませたあと、声が出なくなってしまうミワコ。


タカオは本当に難しいキャラクターで、だけどミワコのことが大好きっていうことだけは確か。トモルくん曰く、今のタカオは権力を掲げてミワコさんを利用しようとしてるようにみえる、らしいから、シチリアで命がけでミワコを守ってくれたタカオとは少し変わってしまったみたい。タカオが真摯に思いを伝え続けていたにも関わらず、本当の意味での愛なんて知らないミワコは、どうせ、お金を持っている自分、綺麗な自分が好きなだけだってタカオの思いを真正面から受け止めようとしなかったのかもしれない。一向に思いに応えてくれないミワコに、ヤケをおこして、世界の終わりを他の女の子キョウコとシノブの2人と過ごそうと決めたのかなぁ、とか。
ミワコさんが好きで、ミワコさんが一番大事で、ミワコさんが舞台に立つことを一番に応援したかったはずなのに。そんなことわかりきっていたことなのに。世界が終わらなかったことで、それを改めて再認識して、自分本意の意地のせいでミワコさんを悲しませてしまったかもしれないと後悔して、劇場に向かおうとするタカオ。けどこのあと、強盗に襲われて、キョウコの提案でミワコからお金を奪う計画になる。命欲しさに協力せざるを得なくなるタカオ。今さっき、自分が何を一番大切に想うか気づいたはずだったのに、命>ミワコさん、にあっという間に逆戻りしてしまうから、なんだかタカオのキャラクターがちぐはぐに思えて難しかった。まぁでも冷静に考えれば仕方ないっちゃ仕方ない。世界終わらなかったんだもん、生きていたいよね、、。それでも、強盗が小道具係のトモルくんに銃口を向ければ、彼はミワコさんの舞台に必要不可欠な人間だから撃つなら自分を撃ってくれ、って命を差し出すから、今度は、命<ミワコさんの舞台に転じる。タカオの中の天秤が忙しなく揺れていて、気持ちがころころ変わるんだけれど、そうゆうタカオが実は一番人間らしかったかもしれない。初めから全部は捨てきれなくて、その時々で色んなものを天秤にかけてそうでないと判断できなくて、何が一番大事かなんてその時によってかわる。ドラマや映画のように、綺麗事だけでは生きていけないよね。

そんなタカオを見て、出なかった声を出して、大きな大きな声を出して、強盗を止めに入るミワコ。芝居なんてお金がなくてもできるから、って、強盗に金庫の鍵を渡そうとするミワコ。けれど、強盗はお金より大事なものがある、というミワコに反発して、ミワコに銃弾を放つ。強盗は強盗で、もしかしたら何をやっても上手くいかなくて自分は空っぽで、お金があればって、何もかもをお金がないせいにして自分を庇ってここまできたのかもしれない。撃たれて倒れたミワコだったけど、しばらくして意識が戻るの。タカオがくれたネックレスに銃弾が当たっていて、タカオのネックレスがミワコを守ると同時に、それがイミテーションじゃないことを知る。そうして、タカオと手を取り合って、ようやくタカオに心を開くミワコさん。


トモルくんは、自分の人生がどこにあって自分の世界で大事なのは何かが明白で、その中で女優としてキラキラしているミワコさんがとても大きな存在であることも分かっている人。どこか寂しそうなミワコさんに気づいていて、そんなミワコさんを救いたいと思っていて、いまのタカオには救えないと思っていて、だったら自分が救わなきゃって思ってる。
タカオからの電話をうけるミワコさんを後ろから見るトモルくんの、なんだか複雑そうで、悲しそうで、悔しそうな顔を見たときは、トモルくんはミワコのことが女性として好きなのかな、とも思ったけど、最後の最後自分の命を捧げてまでミワコさんが立つ舞台を守ろうとしたタカオを見て、ミワコさんが大事に身につけているものがイミテーションではなかったと知って、手を取り合うミワコさんとタカオを見た時の、安心したようなあったかい笑顔を見たら、トモルくんはミワコさんが女優として輝いて幸せになることを心から願っていたんだなぁって思いました。小道具係のトモルくんがだいすき、って言われたときの嬉しそうで恥ずかしそうな笑顔に、トモルくんの世界にはキラキラ眩しく輝くミワコさんが必要で、いまこの瞬間もミワコさんが理想の形で居続けていて、トモルくんは小道具係としてそれを支えられるのがとても幸せで幸せで幸せなんだろう、って思いました。





と、こんな穴埋め答案用紙になりました。たのしかった(笑)まだまだ、

初演のときにミワコと付き合っていた熊川先生は、ミワコが自分を恨んでいる、と思っていたみたいだから、初演でミワコの声が出なくなってしまったのにはそこら辺に理由があるのだろうけど、どんな出来事があったんだろう〜〜!とか、やっぱり女優が最高よね!という結論に至るミワコだけど、シチリアでドンと結婚していた時には、女優はこりごり舞台はこりごり、と言っていて、どうしてそうなってしまったんだろう〜〜!とか。分からないことは沢山。余白は沢山。
再演で声が出なくなってしまった理由だってきになる。まっすぐ救いたいと言ってくれたトモルくんに対して、何て応えようとしていたのか気になる。きっとそこに声が出ない理由があったんだよね。なんとなく、本当は救ってもらえるなら救ってほしくて、側にいてくれるなら側にいてほしい。でも、してほしいことをしてくれる人、の側にいてなんとなく満たされた気持ちでいたら今までと何も変わらない。〜したい、と思える気持ちを大事にしたいって思ったんじゃないかなぁって。一見天真爛漫で自由に見えるミワコだけれど、本当の気持ちは誰にも見せずに自分にすら見せないように生きてきたんじゃないかなぁって。そうゆうミワコにとって、自分がどう思っているのか、を口に出すというのはとても勇気がいることで、言えないでいた見ようとしないでいた気づかないでいた本当の気持ちを、口に出そうとした時、声が出なくなってしまったんだろうか、とか、思ったりもしたけど。
あと、気まぐれかもしれないけど、野宮さんはずっと塚本さんのことを塚本さん・塚原さんと呼んでいたのに、一回だけサトシさんって下の名前で呼んだのとか、なんでだろってめちゃくちゃ気になってしまった、!



あと普通に感想だけど、
安楽さんは、出演シーンにことごとく笑い詰め込まれすぎていて、勝手に中の人はそうゆう感じの人ではないと思っていたから、大変だね、、ってめちゃくちゃ勝手に心中お察ししました(笑)笑いの緩急がすごくて、テンポのいい面白さだったり、とにかくひたすら静かに静かに時間をしっかり使っての面白さだったり。それは吹原さんのパターンでもあるのかもだけど、30秒くらいひたすらタダシくんがゆらゆらしてるのを静かに見守る劇場はとても新鮮でした。
きょーのさん、かおこさん、もりたさんはひとりで何役もの役をこなしていたけれど、それぞれキャラが濃くて、それぞれ全く別の人でびっくりだったよね?!かおこさんの踊っているときの表情がめちゃくちゃにかわいくて素敵でとても目をひいたし、終わらない世界で男性陣が女性陣の心を撃ち抜いた後の振り付けめちゃくちゃにかわいくて大好きでした。きょーのさんはほんっとにギャップがすごすぎて、とりあえず驚くしかなかった。流れてくる写真でもあんな大人しそうに控えめにピースしてた人が、あんな大きな声で罵声を浴びせれるなんて思わなかった。すごい人だね、、中の人がどんな人なのか知りたい。森田さんも、狂気的な役が似合っていたかと思ったら、防災ずきんみたいなの被って猿のおもちゃみたいにひたすらぺちぺち手を叩いて拍手する姿がめっちゃかわいくて、ほんとに同じ人?!ってなりました。キャラが濃い。w








大事なものを見失っていた人、大事なものが分かっているのに自信がなかった人、自分の信念だけに従った人。その中で、ともるくんは、何が一番大事か、どこに自分の世界があって何が自分の世界の中心なのか、何の迷いもなく分かっていて、そこにいるために、ブレずに努力している人でした。そんなともるくんはヒロキくんに少し似ているなぁと勝手に思いました。
僕には今この芝居しかない、家に帰る気なんてなかった、この劇場が僕の家で、人生がここにあるからって言葉、ともるくんにとってのお芝居が勝手にヒロキくんにとってのお芝居に重なって、心臓ぎゅってされたよね。舞台の中のセリフなのに、ヒロキくんがSNSで言ってくれるあの言葉たちを聞いたときと同じように、心臓がぎゅーぎゅーってして、嬉しくて寂しくてあったかくて幸せでだいすき、って思うあの気持ちと同じ気持ちが押し寄せてくる。これが当て書きだったのなら、本当にしんどい。分からないけど。

ひとり舞台に立ってピンスポ浴びて、劇場のみんながひろちゃんに視線を向けていて、その中で堂々と、劇場内に心地よく響く声で、優しくてあったかいトーンと抑揚で、一寸のブレもない迷いもない身振り手振りで話すひろちゃん。カテコで悠河さんの直前、つまり2番手の立ち位置として、他のキャストさんに両側から招かれながら、あんなに堂々とひとりでご挨拶のお辞儀をさせてもらって。そんなひろちゃんを見て涙が出るのは、仕方ないことで。今年の1月4日、あの大きな舞台で、せっかくの誕生日なのに0番に立つことをためらって、みんなに背中を押されてやっと0番に立ったひろちゃんが、カテコではけるとき恥ずかしさもためらいも恐縮もなく自分から0番に足を運んで悠河さんの真似してエプロンぴらってさせて客席にかわいい笑顔を見せてくれたことがなんだか嬉しくて嬉しくて、じんわりしたんだよね。
ありがとうございました!って、おっっっきいお口開けてお腹から声出して深く頭を下げるひろちゃんに、ひろちゃんが選んでくれた世界は、ひろちゃんの声をこんなにまっすぐ受け取ることができる世界で、今目の前にいるひろちゃんが、今のひろちゃんで本当に嬉しい、と思いました。嬉しいと思える日がくるのか、不安だった日がなかったわけではなくて、それでもやっぱりそう思わせてくれたひろちゃんだから、そうゆうひろちゃんだから、ひろちゃんを好きでいつだって幸せなんだって思います。



とにかくね、百名になって初めての公演が、ハレの日だと思ってくれる?ハレの日だと思ってほしい、だったことが本当に奇跡だと思っていて、それと同じくらい、百名としての初めての表舞台仕事納めの公演が、この怒涛だった2017年の締めくくりの公演が、僕には今この芝居しかないから、ここに人生がある、だったのも本当に本当に奇跡のようなことで。ひろちゃんがそれをどう思っているのか分からないけど、少なくともわたしにとっては、それはとてもとても救われて揺さぶられてものすごく幸せなことで、ひろちゃんを好きでいる世界は優しいなぁと思うしかないのでした。


終わらない世界、百名ヒロキの3作目!作品・キャストさん、ひろちゃんを囲む色んなものや人が今回もあったかくて素敵なものでいっぱいで本当に嬉しいです。ひろちゃんおつかれさま!!本当に、おつかれさまっっ!!!まだまだ忙しい日が続くのだろうと思うけど、毎日応援してます。毎日すきです。沢山たのしんで、沢山がんばってね。

マクベス 振り返り

めっっっっちゃ遅くなったけど、マクベスのこと残しておきたくて、終わらない世界始まる前すべりこみ!!



1ヶ月ちょっと前からお稽古が始まって、なんだか悩んでいることも多いみたいで、なんだか動くのが億劫になってる日も多かったみたいで。だけど、それでも、筋肉痛で剣が持てなくなる程動いて振り回して、初めてのことも沢山あったようだけど、大先輩たちからも沢山見て感じて学んだんだろうなぁ、ってゆう1ヶ月ちょっとを経て、そりゃもうあっっっっっと言う間に初日を迎えたマクベス
その間で、終わらない世界のインタビューも公開されて、稽古終わりにご飯行ったり、終わらない世界の共演者さんたちとポップンさんの舞台を観に行ったり。1月のお仕事を匂わせまくってくれたり、バースデーパーティーの発表をしてくれたり、タイタニックの発表があったり。こちらからしてもなんだかぎゅって詰まった1ヶ月でした。ひろちゃんお疲れ様!



出番自体はそんなに多くなかったけれども、みんなを引き連れて0番で剣舞をさせてもらったり、すんらさん演じる松永久秀に最初に一撃を放つ役所だったり。欲にまみれていく人たちの中で、最後まで地に足つけた堅実な意見を持っていた氏康くん。めちゃくちゃ良い役もらったなぁって嬉しかったです。ひろちゃんはどうだったかなぁ??氏康くん、初めての戦国、どうだったかなぁ??( ˆˆ )



お父さんが功績を称えられて、小さく小さく、本当に小さく口角を上げて誇らしそうにする氏康くん。嬉しそうにお父さんにぐびぐびお酌をする氏康くん。伊田さん演じる村上や大智さん演じる三好之康とにこにこしながら、仲よさそうに歩く氏康くん。お父さんが襲撃されて懸命に守ろうとする氏康くん、後ろ髪を引かれながらその場から立ち去る氏康くん。(毎度カツラが危なかった!;;)お父さんがやられて悲しくて悔しい上に、自分を守ったせいで十河の妻がやられてしまったことに無念と申し訳なさで頭を下げる氏康くん。仇を討とうってみんなと剣を合わせる氏康くん。渾身の一振りで松永久秀を斬りつける氏康くん。お父さんの仇を討てずに斬られてしまう氏康くん。
どの氏康くんも私はとても好きで、。意識してなのかは分からないけど、本当に分かるか分からないかくらい小さく表情を変化させてひろちゃんが感情を出してくれるから、私の中で氏康くんはとっても情に厚くて人のことを自分のことのように考えられる優しい人、でした。



開始5分の氏康くんをはじめに見たときは思わず涙、するよね、涙。する。0番で立派に舞うひろちゃん。誰よりもターンが綺麗で、誰よりも軸がしっかりしていて、誰よりもキレがあって、誰よりも誰よりも剣が強そうに見えた。ひろちゃんの得意とすることが、戦国時代でこんな風に活かしてもらえるなんて思ってなくって、それはそれはもう嬉しかったし感謝したし、あの氏康くんは間違いなく、ひろちゃんにしかできない氏康くん、でした。戦国の時代に生きているのは氏康くんで、だけどひろちゃんも戦国の時代できちんと生きていて、かっこよさと嬉しさと誇らしさと、思わず息を忘れて涙しました。ほんっとに、素敵だった、かっこよかった。

殺陣は遠くから見た方がリアルみがあって、近くだと上手い人との差が出てしまうものだなぁって思って。でも、ひろちゃんの千秋楽の殺陣は本当にとってもとってもよかった!!!!思い切っていて、剣を交え合わせることに躊躇がなくて、近くで見ていてもちゃんと殺陣で。全部出し切ろうとしているようで、泣きました。

氏康くんが久秀と右肩左肩を合わせながら剣を交えてる姿はなんだかすごくジンときて、すんらさんはひろちゃんがずっと尊敬する人だって言ってたからさ、ひろちゃんよかったね、すごいねって思って、ジーンてしてしまって、まぁ泣いたよね、、、。で、今回も死んでしまって、でも、最後の氏康くん、かっこよかったんだぁ!!!!想いで戦う氏康くん、仇を討つことは叶わずとも、氏康くんの一撃は意味がある想いがつまった一撃で、本当に本当にかっこよかったです。






松永久秀も、ひろちゃんの父上さんも、最初は大きな欲なんてもたずに、ただ忠義を尽くしていただけだったのだけど、良い地位をちらつかされて、どんどんのめり込んでいってしまう。ひとつ手に入れればその次が欲しくなって、それを脅かそうとするものが邪魔になって怖くなって疑心暗鬼になる。そうして、手に入れるために、自分から色んなものを手放し始める。忠義と欲を天秤にかけて、迷わず忠義を選んでいたはずの久秀は、葛藤を重ねて迷って、そのうちに欲しか見えなくなって邪魔するものは全て斬り落とす亡者になってしまう。忠義を尽くしていた久秀と亡者となった久秀は全く別人のようなのだけど、そこに至るまでの久秀にひとつも分かれ目がなくて切れ目がなくて。綺麗なグラデーションみたいに心が段々変わっていくから、いつの間にか、全く別人の久秀がそこにいて、それがすごいなぁって思いました。流石に最後いきなり落ち武者のような髪になって出てきた時は驚いたけど!(小声)この人がひろちゃんの尊敬する人なんだなぁ!って、思いました。

岡崎さんの演技がとても綺麗で艶やかで素敵だった!岡崎さん演じる艶は、久秀に大殿の暗殺を仄めかすのだけど、あの艶は魔性の者に取り憑かれてたって解釈でよいのかなぁ??迷って躊躇する久秀とは対照的にずっと意志を曲げずに逃げない艶は、やってることはともかくすごく強い人で。十河のお城が襲撃されたとき、逃げたい人は逃げて、自分は殿と過ごしたこの城に残って最後まで戦うってみんなに告げた菊もとても強いなぁと思って。戦うのは男の人だけど、女の人は最後まで仕えることや、自分の旦那さんが外に出ているときは自分がこの城を守るってゆう気持ちのところでとても強いなぁって、なんだかとても背筋が伸びたところでした。
2度3度みると、十河さんが最初から久秀に仕えることに乗り気じゃなさそうなことだったり、光る玉が魂になっていることとか、最後の殺陣のシーンはことごとくみんなが之康を守りながら盾になりながら戦っていることとかに気付いて、細かいところに意味があってとてもたのしかった。
あとさーー!!!織田信長の登場シーンまじでかっこいい!!!!毎回毎回かっこよすぎてわくわくどきどきしたっっっ><



もともと何度かご一緒したことのあるいつもの人たち、の中に、今回ひろちゃんはひとり放り込まれてそれだけで大変だっただろうし、キャスト変更だったり、別仕事でいない人のアンダーやったり、きっと他にも色々大変なことあったんだろうなぁと思います。軸となる人が最初から不在だったのも、あまり関わりのなかったひろちゃんがそこまで不安だったかどうかは分からないけど、いつもの人たちはその不在に大きな不安を抱えていて、そんな中でのスタート、やっぱりひろちゃんにも伝染したとこあったんじゃないかなぁって。それでも、外から見ても分かるくらいに、ひろちゃんはここでも沢山愛されて慕われていて、それはひとり放り込まれたひろちゃんが座組みの一員としてしっかり取り組んで学んで還元していた証拠なんだろうし、最後、「すんらさんの生きる姿を稽古場から色々学ぶことができて、人生の糧になりました。ありがとうございました。」って挨拶したひろちゃん、どんな状況であってもきっと経験したものを素直に身体に取り込める人だから、得たものを自分の力にできる人だから、なんの心配もなくて、これだからいつまでもどこまでも信じられるって、また確信するだけでした。「僕がオーディションやレッスンが趣味ですってくらい受けまくっている時一緒にやってみないかと声を掛けてくれたすんらさん」って、2月3月のひろちゃんを思うと、そこに声をかけてくれたすんらさんに、私がありがとうございます!って心の底から感謝伝えたいし(誰w)、これを糧にきっとどんどん大きくなるから楽しみにしててね!ってこちらが勝手におもったのでした、^^



そして、きっときっと見守ってくださってたね^^ひろちゃんにとってはもちろん、和希さんにとっても、ひろちゃんとの出会いが素敵なものになっていたらいいな、って思います。





次は終わらない世界!!!まだなんにもみてないのに、既に楽しいからやばい気しかしないです。今年最後の舞台上でのお仕事!!ひろちゃんがんばれーーっっっ!!!

あの日々を越えて

キントレとらじゃ単独公演で見たとらじゃがあまりにも尊くて眩しくて儚くて強かったので、ちょっと残しとこっかなぁとおもって書きます。





先に言っておくと、わたしは未だに仲田担です。これはあくまで後ろ向きな意味合いではないです。未練はもうないし、悲しくだってない。ひろちゃんが前を向いている限り、それはひろちゃんにとって正解で、ひろちゃんにとって正解なら、それは私にとっても正解です。今いる場所がひろちゃんのいちばん好きな場所と知ったから、ひろちゃんが本気でそこにいようとしているから、だからもう、ずっとここにいてほしかった、とは思いません。けど、ひろちゃんを好きでいる限り、きっと私はいつまでも仲田担で、とらじゃの中にひろちゃんを見てしまいます。ただの願望として、今このひろちゃんを見たいなぁ、と、その気持ちをベースに持ってしまいます。でも仲田くんはいないです。だから、どこか、とらじゃのこと好きなんだけど、自担がここにいないから、該当担じゃないと思っているところがあります。自担がいる人がとらじゃに対して持つ熱量とはもちろんものすごい差があると思っています。該当担じゃないとして、該当担じゃないのに、とらじゃのことを、こんな風に書くのはなんだかとても後ろめたいというかおこがましいというか、とにかくなんだか申し訳ないのだけど、どうしても素敵だなぁって、いいなぁって、胸のとこにアツくてキラキラしてどうしようもなく尊いものが残ってしまってとても素敵だったので、外野のたわごとだと自分でも思いながら、残します。はい。







自担がいないので該当担ではないと思いながら、それでもやっぱり私はとらじゃが好きです。


自分たちの武器はダンスだって誇りもってて、そこだけは極めようって、固めようって、仕上げてくるダンスがだいすきです。周りが楽しそうに緩くふざけてても、固めに固めたダンスを絶対崩さない真面目さがだいすきです。そのくせ踊ってないときは本当にくだらないことでケラケラ笑ってるところがとんでもなく愛しいです。

ひろちゃんを取り巻くメンバーがだいすきでした。もうかわいくて仕方なかった。ひろちゃんに懐く弟組がかわいくて仕方なかった。ひろちゃんのくだらないあれこれにいちいち笑ってくれて、ひろちゃんのこと信頼しまくってくれてる兄組が大好きだった。ひろちゃんがめちゃくちゃに好かれていて愛されていて必要とされていることがもうガンガン伝わってくるのが嬉しかった。ひろちゃんがいるとらじゃが好きだったし、とらじゃにいるひろちゃんが好きだった。それは相乗効果のように、ひろちゃんのことを好きになればなるほどとらじゃのことを好きになるし、とらじゃのことを好きになればなるほどひろちゃんのことも好きになった。

ひろちゃんがいなくなったあのとき、ひろちゃんが決めたことを、なんでって思いながら、それでも全部受け入れて送り出して、じゃぁどうする、って話して悩んで覚悟して決意して、前に進もうとするとらじゃを見て、ちゃんとこの子たちのこれからを見ていたいなって思いました。







なんだけどね、やっぱり自担がいるいないというのはとても大きなことで、それほどの熱量をもたずに入りました。キントレ。言葉を選ばずに言えばやや軽い気持ちで入った。(ごめんなさい)。そのはずなのに、そのはずだったのに、単独最終公演を終えてEXを出たら、なんか重くなってた。






まず、とにもかくにも楽しかった。楽しすぎて、要点抑えすぎていて、とらじゃ天才かよって何回も言った。渋くてそれでもとらじゃっぽさ満載の演目で始まって、オープニング映像、超エモくなかった?ステージに横に広がって並ぶ本人たちが客席に背中向けて、みんなして中央のモニター見上げてる演出も超エモかった。青いイナズマ、げっちゅしか言わない最年少がかわいくて、そんな最年少をどうよ?これがとらじゃの最年少です!!ってお兄ちゃんたちドヤってるみたいで、もうめちゃくちゃかわいくて超平和な気持ちになった。で、夏の王様よ!!!渋くてかっこいいの並べた後にこんな楽しくてカワイイのもってくるの超ズルくない??しめちゃんが自分の手をうみちゃんの目元にもってきてピースしてるのとか、しーくんに頭ぐりぐり押し付けるみゅーとくんとかもうめちゃくちゃにかわいくて、集合写真は尊すぎて青すぎて眩しすぎてしんどかった。(上手から下手にいくメンバーと下手から上手にいくメンバーが前後交互にうねうねしながら、お互いの顔見ながら笑いながらにこにこにこにこ移動してくの見て、軽率にボクハレ思い出して、のえるくんが提案してくれてたらどうしようううううってひっそり心の中で泣いた。)まいったね今夜の宮近さんはもちろんめちゃくちゃにかっこよくてめちゃくちゃにかっこよくてめちゃくちゃにかっこよかったのだけど、同じくらい両脇で踊るかじんちゅめちゃくちゃかっこよかった。急に大人みたいな佇まいで伏し目がちに踊るのめちゃくちゃかっこよかった。末っ子3人がこんなにかっこいいんだもん、とらじゃツヨイ。FD vs れりばんは最初はえぇ?!んん?!え?!ってとても良い驚きと衝撃をくれて、回数を重ねるごとにどんどんかっこよく聞こえてだいすきになった。作った人天才かよって流石プロかよって思ったらのえるくんだった。何者なの本当に。きすまいこーりんぐはめちゃくそにかわいかったね!!!流石は敏腕プロデューサーちゃかさん。名前呼ぶのめちゃくちゃ難しかったけど、ちゃんと練習させてくれて、どんどん上手くなるオタク。どんどん言うの楽しくなってどんどん声が揃って、公演を重ねるごとに大きくなる声が嬉しく幸せで心地よかったね。いいね!はフリがだいすきで、(あれは本家のものなの?それとも誰かが振り付けたの?めちゃくそかわいかった!><)何言ってもいいねー!って言うレスポンス超かわいくて超平和で。ドリカムはお互いのお腹に頭乗せてうみちゃんをぐるっと囲うとこ、最後うみちゃんがのえるくんの手をがしって掴んで引き上げるのが大好きで毎度毎度湧きました。最後の怒涛のプレゾンメドレー最高にかっこよくて最高にエモカッタ。最後、へゆーがぁいず!\がいず!がいずぷれいぞーん!/で白幕降りるのとかめちゃくちゃアツかった。初日入ってないから分からないんだけど、初日もこんな自信満々にへゆーがぁいず!って言えてたんです??勝手なイメージで、プレゾン見たことのある人たちばかりじゃないってことも分かってて、最初はちょっと怖かったんじゃないかなぁって、応えてくれるかなぁって不安だったんじゃないかなぁって思って。初日のレポの盛り上がりようを見ると、あったかもしれないそんな不安や心配は全く必要なかったみたいだけど!でどんちゅーげりよ!!あらしありがとう!!こんなにかわいい曲をありがとう!!!って手合わせました。もう本当、最後の最後まで余すとこなく楽しかったです。セトリ最高。演出最高。音照明最高。構成最高。誰が考えたんですか泣



とまぁ、とんでもなく楽しかったわけですけども!!すごい感じたのは、みんな吹っ切れたなぁってこと。みんなそれぞれ10歩も20歩も前に進んでるんだなぁってこと。かじんちゅがめちゃくちゃに成長していてすごく嬉しかった。ひろちゃんかじんちゅこんなに成長したよ!って教えてあげたくなった。ジャニアイでさなぴのフライングの補助をするかじんちゅ、最初はとてもフラフラして危なっかしくて、そしたらひろちゃんが後ろからかじんちゅの肩を抑えたり腕を掴んだりして支え始めて。後ろから支えるひろちゃんが、とてもお兄ちゃんでとてもパパでとても先輩ですごくすごく好きで、そんなひろちゃんが千秋楽、もう大丈夫でしょって言うかのように、かじんちゅのこと支えなかったことが、とてもとても印象的でした。もう支えなくても大丈夫って思ったのかなぁって、親離れ子離れ的な、そうゆうエモいこと想像しました。もしくは、大丈夫ってひろちゃんのそうであってほしい願望もあったのだろうか、とか勝手に解釈したりして、泣きました。あのどこか頼りなくてひろちゃんに背中を腕を肩を支えられてたかじんちゅが、あのかじんちゅが、なんか今となっちゃとらじゃの顔になりそうな勢いで上り詰めてる。うみちゃんめちゃくちゃ愛されキャラをモノにしてた。もともと愛されキャラだったけど、愛され方が分かってきた感あった……愛されるんじゃなくて、愛されにいってる感がすごかった。そして本当に本当に歌が上手だった!あんなうまいなんて知らなかった。うみちゃんの雨の「窓の外は今でも」と真夏の夜の花の「違うんだそうじゃない」を聞きにEX通ったと言っても過言じゃない!(過言じゃないけど他にも見所沢山ありすぎたからやっぱり過言)Jr.祭りではまだ、インパクトだけが強く残って「あの子w」みたいな反応されてた朝日のダンス中の表情は、すごくすごく魅力的でかっこよくなってた。えあーの紫のバラの花持って歌う朝日の表情がとても好きで、目が離せなかった。うみが喋ればかわいい〜〜って声が絶えなくて、朝日が喋れば笑いが起きる。MCでもたっくさん喋って、たっくさんオトす。もう全然支えなんかいらないね、って思った。去年まではしーくんとのえるくん、喋る度に大丈夫かな?!って勝手に心配になってたんだけど、今年は全然大丈夫だったねぇ。しーくん、ちゃんと自分の話オトせるようになってた!(笑)若干キレて、若干照れて、若干デレるバランスがめちゃくちゃ愛しいしーくんでした。で、何より振り付け構成の素晴らしさよ!!しーくんすごい。のえるくんはずっと変わらず誠実で優しい。喋る内容は変わらずそうゆうものなのに、賢さ故のその突拍子のなさとゆうか、想像を遥か超えた先の先の優しさがすごくて、それを惜しみなく出せるようになっていて、のえるくんいいとこばっかり伸ばしまくってるなぁっておもった。のえタイム、優しくてすごく好きだよ!で、しめちゃん。しめちゃんはさ、天然ちゃんじゃん??うん、知ってた。天然だよね。知ってたはずなんだけど、ここまでだっけ?!ってゆう驚き。ここまでぶっ飛んでたとは。まじで話を聞いてないのか、まじで日本語が不自由なのか、まじで全部聞き流してるのか、分かんないけど、急に話を振られて、分かんないのに笑ってごまかそうとするしめちゃんも、笑ってごまかそうとしたけどやっぱり分かんなくって、……ん?って首を傾げるしめちゃんもめちゃくちゃかわいかった。ひとことひとことが爆弾級の破壊力もってる、天性の天然ちゃん。なのに、踊れば男らしくて、ファンに向ける笑顔は優しくてザ☆アイドル。すごい逸材だよ!とらじゃの良い導火線だなぁっておもった。
とらじゃはちゃかちゃんとみゅーとくんにおんぶにだっこのイメージだったのね。ちゃかちゃんとみゅーとくんが間違いなくとらじゃの顔で、もうそりゃ色んな場面でとらじゃを引っ張っていってくれてて。ちゃかちゃんとみゅーとくんいなかったらとらじゃ大丈夫??ひとりで立てる??ってそう思ってた。けど、この夏のとらじゃはもう全然おんぶにだっこじゃなかった。ひとりひとりが自分の足で立ってた。もうひとりひとりがめちゃくちゃ眩しかった。ちゃんと個性があるのに、上手く活かしきれてなかったような気がして、それがこんなにもキャラ立ちがしっかりして、それぞれがとらじゃの中での自分の役割を見つけたようでした。ちゃかちゃんとみゅーとくんが、沢山沢山笑っていたのが印象的でした。全部背負ってくれてた2人が、ただ笑って楽しそうにしていることが、とらじゃが成長した証だろうなぁって思いました。色々あって強くならざるをえなかったと思う。成長せざるをえなかったと思う。色んなものを手放してきた。悔しい思いをしてきた。寂しかったとも思う。守ってくれるものもない。だからこそ、自分たちで守るしかなくて、自分たちの力で前へ進むしかなくて。


で、とらじゃ単独最終公演。みゅーとくんのソロで弟組が突然バックにつくサプライズがあって。キスマイコーリングで、毎度毎度前髪くださーい!とか前髪乾かして?とか言ってたうみちゃんは、最高の公演をありがとう!とか言うし、毎回身長をくださいってねだってたしめちゃんはファンの皆さんに出会えて幸せですって言うし、のえるくんは言葉にもつれて……本当にありがとうって歌うし。朝日はどんちゅーげりで、おいっおいって煽ってたところをとらじゃ!に変えるし。最後のがいずに、最後のスパノバで、それはそれはもうとらじゃの気迫がすごくて、負けじととらじゃ担の気迫もすごくて。ボルテージが上がりまくった末のすぱのばのC&Rがもうほんっっとうに幸せだった。多幸感に溢れてた。多分それはとらじゃもそうで。何の涙かは分からないけど、涙いっぱい溜めて喋れなくなるちゃかちゃんに、おいおーい!!ってみんなしてそれはだめだよって、それはもうめちゃくちゃに優しい笑顔でその涙を止めにかかって、でも、おいおいって止めにかかりながら、きっとみんな泣きたかっただろうなっておもった。弱音なんてはけないし、頑張るしか道はなくて、そうやって気張り詰めてギリギリのところに立ちながら色んなものと戦いながら守ってきたものがあって、それがいまたくさんの人に愛されていて、たくさんのあったかい声が聞こえて、泣きたいよね、泣きたかったよね。きっとずっとずっと泣きたかったんだ。我慢しなくていいんだよって、泣いていいんだよっておもった。

最後円陣して終わろうって、7人で半円描いて7つ手を重ねて俺たちがとらびすじゃぱん!!って声響かせてはけてくとらじゃが、ほんとアツくて儚くて眩しすぎて素敵すぎました。うん、控えめに言っても素敵すぎた。とらじゃが守ってくれたとらじゃとゆう場所が、とらじゃがこれからも守ってくれるだろうとらじゃとゆう場所が、ただただ幸せな場所だなぁって思いました。






みんな思っていることがあって、そうだとしたら、その事実がこれから先あるのだとしたら、だからこその公演だったところもあったのかもしれない。だからこそ溢れてしまいそうになった涙もあったのかもしれない。だけど、そうかもしれないと思っていることをそうだとして物事が進んでいくことが、どんなに悲しいか知っているから、私はその時がくるまで、そうであることをベースに色んなことを解釈することはしたくないなぁって思います。もうこれは意地です。実際、それだけじゃなかったとも思う。この1年、あらんがいなくなって、ひろちゃんがいなくなって、とらじゃは顔と大黒柱を失って。きっと沢山感情が動いて、それでも今のとらびすじゃぱんでやっていこうって、きっと不安を沢山沢山抱えながら、それでも前に進もうとしてくれて、前向いて進んだ先にあった単独最終公演。そこにいたのはとらじゃのこと大好きで応援したい!って沢山沢山おもっている人たちで、その想いは声となり視線となり表情となり、きっと本人たちにも伝わってたと思うんだぁ。ありがとうって言うからどういたしましてって言ってねって嬉しそうに笑ったとらじゃの姿がその全てで。
とらじゃもファンもお互いに苦しくて不安で、そうゆう日々があって、そうゆう日々を越えて、いま、ここに笑って立ってくれるとらじゃがいて、背中押そうとするファンからの声があって、最高の公演があって、きっとお互いにどうしようもなく幸せだったんだ。だから、あんな幸せで儚い公演になったんじゃないかなぁって。

これから先何があるとしたって、ちゃかちゃんのあの涙は、やっぱり嬉しいとか幸せとかそうゆう類の涙だったって思いたいです。進んでよかったって、一緒に前に進もうとしてくれる人が戦おうとしてくれる人が横にも目の前にもこんなにいて、とらじゃはとらじゃだけのものじゃないって、ひとりで守らなくっていいんだって、大丈夫だって、幸せだって、そう思ってくれての涙だったら嬉しいなぁって思います。






EXでたら、みんなのことが羨ましくて仕方なくなったんだーーー(泣)わたしもとらじゃ当事者になりたいとおもった。それほど、とらじゃと一緒に時間を積み重ねていくことは、きっと間違いなく幸せなことだろうなぁって思いました。




7人全員、絶対に幸せになってほしい!!いつかこの日のことを、あれは良い公演だったよね!って、奇跡の公演だったよね!って笑顔で振り返る7人がいますように。7人の夢が、どんな形でも、きっときらきらしながらちゃんとそこにありますように。

いちばん好きな場所


戻ってきたあの日、お仕事を抱えて戻ってきてくれたあの日、そこがどんな場所なのか、どんな世界なのか、どのようにしてその場所に立とうとしているのか、何かひとつでも知り得ないかと、演出家さんのツイッターやブログ、フェイスブックを過去の過去まで遡って読んだ。

そこに綴られた言葉の中から、これ、ひろちゃんのことかなぁ??と想いを馳せて、そうであるのなら、って。







お稽古が始まって、公式ツイッターや共演者の方たちのSNSにのせられたひろちゃんは、知らない場所にひとり、見慣れない方たちの中にひとり、ひろちゃんは新しい場所にいた。

初日が近づくにつれて、更新が増えたブログ。

きっと楽しみなんだろうなぁと、きっと緊張していて、すごく緊張していて、でもきっとそれすらも、楽しんでいるのだろうと。初日までの日々を噛みしめるように、1日1日を大切に、ひとつも残さずひとつでも多く得られるように、焦るけど焦らないように、どうにか気持ちを落ち着かせてじっくりゆっくり、着実に歩みを進めようとするそんなひろちゃんを感じて、ひろちゃんを好きになったことに間違いなどひとつもなかったと、ひろちゃんがいてくれて幸せだと、また好きの上に好きを重ねて。


どきどきして迎えた初舞台。「ボクが死んだ日はハレ」




小さな場所だった。とても小さく閉ざされた空間。まっくらで、本当に何ひとつ見えない中、目が暗闇に慣れるその前に、森さんの演奏する音楽とともに、下手床から上手天井へ天の川のように飾られた緑のイルミネーションが灯った。

中央に向かい丸く並べられた6つの椅子。下手奥の扉から出演者が舞台へあがる。一番最初に出てきた人。すぐに分かった。暗くてよくは見えなくて、でも、ひろちゃんでしかなかった。白いシャツにグレーのパーカーを羽織って黒い細身のパンツをはいた、細くてなのに肩幅が広い人。少しだけ硬そうででもやけにふわっとした髪の毛。所々骨張った輪郭。客席に背を向けて座ったヒロキくん。

それぞれが椅子に座り、ハミングが始まる。お互いの顔を見ながら、お互いの音に寄り添うように、重ねるように、声だけで奏でられた音。背を向けて座っていたヒロキくんとはるさんが振り返り、横向きに座っていたりんこさんと小野さんは顔を正面に向け、6人全員が客席を見る。振り返ってお顔を客席に向けたヒロキくんは、口元を緩ませてた。全然抑えきれてない嬉しそうに緩ませた口元。見覚えのあるその口元が、そのお顔が、あまりにも嬉しくて、やっっっっっと会えたという気持ちと、楽しみにしていたんだろう楽しみにしてくれていたんだろうことが、嬉しくて嬉しくてほとんど反射的に涙が落ちたところで、やさしく重なった6人の声が「もう泣かないで」と歌い、もういろんなものがぶわっと込み上げた。立ち上がった6人は、歌いながら前にでてきて横一列に並ぶ。堂々とそこに立つひろちゃんをもっとよく見なければ、ちゃんと見なければ、と思いつつ、滲む涙が邪魔で邪魔で、
ひろちゃんだぁ、と思うその側で、ただ森さんの伴奏と6人の声だけで奏でられた音楽に包み込まれたその時、開始5分できっとここがとても素晴らしい場所であることに気づいてしまって、ひろちゃんがやりたかったことはこれかぁ、と、ひろちゃんが好きな場所はここかぁ、と、涙が止まらなくなった。

優しい優しいその歌を歌うひろちゃんのお顔がこれまでないくらいに、いつだって優しいけれど、これまで以上に優しくてすごく満ち足りたお顔をしていて、あぁ、幸せなんだなぁって思った。ここに立つことができて、ひろちゃんはきっと本当に幸せなんだ。見覚えのある表情と見たことのない表情が入り混じって、やっぱりだいすきだぁという気持ちと、ほんの少しだけ寂しくてなのにその何十倍も何百倍も嬉しくて、やっぱりもっともっとだいすきじゃんって気持ちで胸がぎゅーってなって、涙が溢れでる。
最初っから泣きっぱなしでこれ持つかなぁと一瞬我に返ってぼんやり思いながら、物語が始まる。





時々英語の混じるハツラツとしたキャラクターが強烈なミミ、感情的で一見キツそうだけど物語が進むにつれて見え隠れする優しさがあったかいSHOKO、自信なさそうでだけど本当はきっと芯が強いかおり、かつては大スターだった3人。人気は落ち着いてしまって、同時にそれぞれ上手くいかないことや悲しい現実を抱えて、そんな時に結成されたグループ、ハレバレハレルヤ。3人と、プロデューサーのすみ絵、SHOKOのマネージャーの篠原の5人に起こった小さな物語。

あらすじは、最近よくレコーディング中に眠るように意識を失うミミ。身体に異常はなく調子が悪いどころか最近幸せそうなミミは、一年前に息子を亡くしていてそれを受け入れられないままに一周忌を終え生きる希望を失っていたところで、ひょんなことで夢なのか現実なのか息子のひかるに会うことができるようになる。その事実をミミの口から明かされた4人は、信じるか信じないか戸惑い、結局馬鹿みたいにミミの言うことを信じることで、ミミを過去の世界から救い出そうとする。
ひろちゃんは息子のひかる役。母の現状をよく理解し、母の中でどこまでも繰り返される過去の時々に付き合いながら、生きている人と生きていってほしい、と願い、ミミを連れ戻そうとする4人に協力したいと申し出る。第6感の優れたかおりの身体を借りてかおり以外の3人ともコミュニケーションをとるひかる。ひかるはミミの意識の中で、自分が死んだことも全て抱えて生きて、どんな日だってハレの日だと思ってほしい、自分はあなたの息子として生まれてきてよかったと、伝える。別れを告げ去ろうとするひかるを追いかけようとするミミを、4人が優しい言葉を沢山沢山かけることで、とどまらせようとする。それはもうラスボスみたいにしぶとく手強い相手だけれども、4人の言葉(と食べ物への欲w)が少しずつミミに響き、最後、ひかるの、「ボクは沢山無条件の愛をもらった。」「ハレバレハレルヤがんばって。」という言葉で、現実に戻っていくミミ。
生きてる人にも死んでる人にも沢山愛されていることを実感し、歌いたい!!とハレバレするミミ。そしてひかるがどこかで見守る中ハレバレハレルヤのファーストステージが行われ、幕が閉じる。







物語が本当にしんどくて。誰にだって最期のときがあって、誰にだってそれを悲しんでくれる人がいる。誰かは誰かの大事な人で、その誰かも誰かの大事な人。正直に生きることは、悲しいことも辛いことも真正面から受けとめなきゃならなくてしんどいけど、その分あの人たちは、弱いからこそとても強くて優しくて、誰かのために必死になれる人たちだった。生きてる限り、出会う勇気と別れる勇気、その勇気からは逃れられなくて、時にそれはどうしようもなく悲しいものだったりするけれど、それは自分次第でとてもあったかい巡り合わせにもなるんだなぁと。沢山悲しい涙が流れるし切ない涙が流れる。やりきれなくてどうしようもなくて、なのに、ずっとあったかい。ずっと優しくてずっと可愛くてずっと愛しくて。ずっとずっと素敵だった。最初から最後までどこを切りとっても好きなシーンばかりだった。





ixturu.hatenablog.com








最後に6人で歌う曲は、明るい曲調に変わっていたけど、初めに歌ったあの優しい歌。はじまりのララバイと、終わりのファンキーララバイ。

楽しそうに歌うひろちゃんは、あの時と何も変わらないひろちゃんだった。つい最近のことだったはずなのに、もうずっとずっと、その姿を見たくて、見れなくて、もう見れないと思って、繰り返し思い出して。そうやって時間が経っていたから、それはすごく昔のことのようで、何年も前のことのようで、懐かしくて懐かしくて、嬉しくて。ちゃんと見たいのに、ひとつだって見逃したくないのに、後から後から追いかけっこみたいに涙が、次から次へと、みるみるうちに溢れ溢れてきて。エアギターみたいな振りするひろちゃん、隣の人と目配せするひろちゃん、笑い方とか、身体の傾け方とか、揺らし方とか。ちゃっかり曲中にフリーダンスの時間までもらって、床に手ついた時に手にくっついたキラキラを隠し持っていて、後になって両手をふわって広げてキラキラを舞わせるひろちゃん。見たことありすぎる。ずっと見たかった。ずっと会いたかった。ずっとずっと会いたくて仕方なかったの。もう未練とかは関係なくて、本当に関係なくて、でもそれでも、あの時だいすきだった人がもう会えないと思っていた人が目の前にいて、本当にいて、「そこにいてくれること」、がただそれだけで、嬉しすぎて幸せすぎた。






物語自体がそれだけで十分心に刺さる、響く、ものなのに、それ以上に気持ちが入ってしまうのは、
そこにいるのにここにいないって、なんでなのって、ひろちゃんがいなくなったことを受け入れられなかった日々や、ひろちゃんがいたあの時々を繰り返し何度も何度も思い出した時間があったから。別れる勇気と出会う勇気は、拡輝くんと別れる勇気、ヒロキくんに出会う勇気に置き換えられるものだったから。もちろんそんなことは関係せずに物語に集中できるほどに全部が素晴らしいもので、だけどそれでも、どうしても所々でリンクしてしまって思い出してしまって、押し寄せてくる気持ちがあって、その度にぎゅーってなるから、余計に気持ちが入り組んでしまう。

それはまだ少ししんどくて、でも、そのおかげで、前を向いた気持ちが確かにあって、多分私だけじゃない、ひろちゃんを好きでいる沢山の人がきっと救われて。デビュー作がこれって、ボクが死んだ日はハレって、こんな巡り合わせってあるんだなぁって、こんなことってあるんだなぁって思った。

ずっと感じていたのだけど、ひろちゃんが選び進んでいく道は、偶然のようでいつも偶然なんかじゃない。ひとつとして途切れなくて全部つながってる。ひろちゃんの生き方がきっとそうしてて、だから今があって、きっとこれからもそうで。ひろちゃんが進むと決めた道の先には、いつも最高の今がある。どんなことがあったって、何を選ぼうと何処へ行こうと、過去の色んなものを引き連れて結んで今に繋げて、そうやって、ひろちゃんは今を最高の「いま」にできる人。そうゆうひろちゃんを好きになったから、私にも「いま」があるし、きっとこれからだって、何があっても結局何度も何度も満たされてやっぱりすっごくすきだー!幸せだー!って思うことになるだろうなぁって思った。









劇場を出て、色んな気持ちで心がもういっぱいいっぱいで、でも、いちばん思ったのは、いちばんに出てきた言葉は、ひろちゃんがいてくれれば、他にはもうなんっっにもいらないなぁって。


出会ってしまってからずっと大好きだった。ひろちゃんしか見てなかった。ハコがすきで、ハコの中にいるひろちゃんが好きだった。ハコが壊された時、ひろちゃんのことを個人としてこれまでと同じようにこれから先もずっとだいすきでい続けられるのか分からなかった。いつかハコが壊されてぽっかり大事なものを失くした時、戻れる場所があるように、他の何かでごまかせるようにって、予防線張って色んなものを手放せずにいた。すがれるものを失くさないように、未練だってずっと大事に頑なに抱えて、忘れたくなくて、縛られて、譲れないものがあって、色んなものを捨てきれずにいた。

思いがけない形で私の理想としていたハコは壊されてしまって、ひろちゃんだけが一人になったわけだけど、こうなってみて、そして、一人で活動するひろちゃんを見て、そしたら、こんなにだいすきだった。未練なんて少しも感じずに、いまそこにいるひろちゃんがただ好きで、こんなに幸せだった。不安だった日も、絶望した日も、もうひろちゃんに会えないのかもしれないと思った日も、何してるのか分からなかった日も、違う名前で戻ってきてくれた日も、久しぶりにお顔を見せてくれた日も、お稽古が大変そうな日も、立ち止まって考えを巡らせている日も、なんだか楽しそうでなんだか幸せそうな日も、緊張しながら迎えたはじめましての日も。どの瞬間だって、変わることなく、ひろちゃんのことがだいすきでした。それがわかったら、もう何も怖いものなんてなくって、好きでいることは明白で、きっとこれから先もそうで、それならもうなんにもいらないなって。予防線はる必要も、未練に縛られる必要もなくって。劇場から駅までの道を歩きながら、ひろちゃんがそこにいてくれたらもう他にはなんにもいらない、って、心の底から思った。





そこというのは、今までとは全然違う場所で、でもそこは今ひろちゃんの「いちばん好きな場所」で。

ひろちゃんが「いちばん好きな場所」って教えてくれた時から、私もそこを好きになれるかなって、なれたらいいなって思ってて、いざそこに居合わせてみたら、そこは思った以上にすごい場所だった。眩しくて揺さぶられてアツい想いが飛び交って波打つように動く、そうゆう場所だった。やり直しも撮り直しもなくて、CGとかそんな高度なものもなくて、全部今発せられた言葉や音でそれが重なって今があって、生のもので、そうゆう場所なんだなぁって、すごい場所に出会ってしまった、出会わされてしまったと思った。
大きな舞台装置も小道具も派手な照明も派手な演出もない。かっこよさなんていらない。ただ、ひとりひとりが身体ひとつで出すエネルギーを重なり合わせて作る場所。こんな力強い場所があるなんて知らなかった。

ここがひろちゃんの好きな場所、ひろちゃんが生きていこうと決めた場所。こんな素敵な場所で、これから毎回違ったヒロキくんに会える。きっと毎度毎度驚かされる。ひろちゃんなのにひろちゃんじゃない!ってきっと毎回言う。きっとこれから何度でも出会って何度でも好きになる。

それが何より嬉しくて幸せに感じます。













はーーーとりあえずはお疲れさま!不安だったよね。そりゃそうだ。ひとりきりで、大きな大きな、大きすぎる一歩を踏み出そうとしてたんだもん。踏み出したんだもん。

沢山沢山拍手を贈りたかった。伝われ伝われと思いながら、これ以上ない程手を叩いたんだけど、ひろちゃんにその音はその気持ちは少しでも届いた?ヒロキくんの初舞台が本当に素晴らしいもので、確かにハレの日で、本当によかったなぁって、勝手に嬉しく思いました。












やっぱりひろちゃんのものだった「俺も命賭けます」の言葉。そこで生きてく覚悟の言葉。
あのときはまだ悲しくて悲しくて、だけどその言葉がひろちゃんのものなら、そんな覚悟で飛び出したのなら、ちゃんと応援したいと思った言葉。きっとその言葉の通り、命かける思いで、日々を積み重ねて、飛び出したあの日を、踏み出したその日を、ハレの日にしてくれたひろちゃん。命をかけてそこにいようとしてくれるひろちゃん。そこで生きるひろちゃんにこれからも何度だって出会いたいです。







今度はスクエア荏原 ひらつかホールで。また新しいひろちゃんに出会えるのが楽しみです。







今がいちばんだと思わせてくれて、これからもきっといちばんだと信じさせてくれて、ほんとにほんとにありがとう。

やっぱりだいすきだから、きっとこれからだってだいすきだよ!

ハレの日のこと

おぼえがき


・本編入って一番最初の曲、ハレバレハレルヤのコンセプトをはっきりさせてほしいってすみ絵さんに抗議する3人(ミミ、SHOKO、かおり)が自分の人生を歌う曲があって、この曲がまずもうものすごくめちゃくちゃにかっこいい!エネルギーが目に見えるみたい。舞台上から勢いよくまっすぐ向かってくるエネルギーを全身に浴びてるみたいで、ありきたりな言葉しか出ないのだけど、とにかくこの人たちすごい!って思った。最初からこんなかっこよくて、ただ圧倒された。



・ひろちゃんがひかるとして出てきた時は、もうずっと見ていたくてずっと聞いていたくてひとつもこぼしたくなくて、瞬きする間も惜しくって服がすれる音すら邪魔に感じた。セリフ言ってるひろちゃんを見て、最初はどうもなんか小っ恥ずかしくてむずむずして。ひろちゃんだぁ、ひろちゃん喋ってる、演じてるんだぁ、、ってそれだけで今を感じるのに精一杯なのに、オリラジ藤森みたいな喋り方で、佐藤ひかるでぇーすっ!ってちょっと舌巻きながら言うの。ひ、ひろちゃん?!ひろちゃんなの?!?!って、ちょっと動揺して。追い討ちかけるみたいに、女の子とのアレコレがどうみたいな台詞が続いて、ジャニーズ抜けて初めての役、割と刺激的な役だった。でも意外にもチャラそうな喋り方がとっても上手で、その上ひろちゃんがこんなに饒舌だなんて知らなかった!言葉がどんどん押し出されるみたいに勢いよく出てきて、早口で喋るのに、全然噛まない。抑揚も乱れなくって聞いてて心地いいというか気持ちがいい。で、やっぱり表情がころころ変わる。よく見る四角い口を見るたびにぎゅーってなる。くいくいあがる眉毛がやっぱりだいすきだった。聞いたことのある優しい声も沢山ある。知ってるひろちゃんは沢山いて、だけど、ちゃんと、どれも知るわけのないひかるくんだった。



・専門学校の合格祝いに何か作ってあげるっていうミミに、母さんの作る料理はまずいから食べに行こうよって言ったくせに、結局ハンバーグ作ってよぅ!って甘えるひかるめちゃくちゃかわいい。でも、一浪して専門学校だしそんなに喜ばなくていいよ、って少し申し訳なさそうに下を向いて言うひかるにこちらまでしんみりしちゃう。買い出しに行こうと嬉しそうに部屋を出ていくミミをよそに、その場に立ち止まりやり切れなさそうな背中を見せながら頭をかくひかるが、(この時はまだひかるが亡き人だって明言されてなくて、)あとになってとても切ないことに気づく。



・そのまま舞台上に残り、上手階段上でいない人として息を潜めるひかる。最初はその存在が気になって気になって、ぱっくり割れて覗く両膝小僧がまっしろつるつるですごくキレイで。でも、ぴくりともしないひかる、段々本当に存在が無になり始める。今自分に起こっていることをひかるが死んでからの生活や気持ちの浮き沈みと合わせて話すミミが、もう見てられないくらいに可哀想で悲しくて悲しくて、顔も声も油断したら忘れてしまいそうだから何度も繰り返し思い出すって言葉に全力で頷いて。



・夢の中でひかるがいた日々を繰り返すミミ。
お父さんは死んだと言われてきたけど、本当は死んでなかったと週刊誌の記事で知り、嘘をついていた母を許せなくて、近づかないで!嘘つきがうつるから!と地団駄踏みながら悲しみを露わにする小学1年生のひかる。グレて、おっかあ!俺に金を恵んでくださーい、って挑発的な言葉を口にし、親の背中を見て育ったんだ、自分だけ自由に生きるとかやめてくれる?!って声を荒げる中学3年生のひかる。思春期も終わり、映画を通して世界中に手紙を出したい、と母に夢を語るひかる。先に出るからね!というミミの言葉に、お互い頑張ろうぜ!と声をかける、最後の朝のひかる。回想シーンのひろちゃんは、本当に小学1年生で、本当にグレていて、本当に夢を見ていた。




・ミミの話を弁証法的に検証し始める4人(SHOKO、かおり、すみ絵、篠原)の側を、表情をころころ変えながら楽しそうにうろうろするひかるがそれはそれはかわいくて。
ミミが言った「ひかるの汗臭い匂いがすきだ」という言葉で自分の匂いを確認して匂いを閉じ込めるようにパーカーの前をぎゅっと両手で握って閉じたり。霊的な話になればボールペンを落として音を出してみたり。篠原が持ち込んだ水晶を4人が覗き込めば、水晶を挟んだその正面で指いっぱい広げたピースをしたり、二本指を机の上で歩かせたり。茶目っ気があってイタズラ心いっぱいのひかる、もう本当にめちゃくちゃ愛しい。
その時客席に向けられたツムジがね、もうとんでもなくかわいく見えて仕方がなかった。




・篠原のお父さんが亡くなった時、お父さんの臭いオナラの匂いがして「いる」って感じて幸せだった話は切なくてでもすごく愛しかった。それを聞いたすみ絵さんの「ミミちゃん幸せだから寝ちゃうんだね」って言葉が、声色が優しすぎて、涙が出た。




・バカみたいに信じて夢から連れ戻そうと決めたあとの曲がとてもとてもだいすきだった。篠原のソロパートに続き、すみ絵、SHOKO、かおりの3人が、真ん中のテーブルであごひじ付きながら顔を寄せ合って歌うところが本当にすごくすごく素敵だったんだぁ。女が年をとるってシワが増えるだけじゃない、愛した時間が重なって女の底力は増していく、ハートの代謝はあがって小さな幸せも見逃さない!みたいな歌詞なの。年とるのって心に鉛がひとつずつくっついてくようで、なんか動きづらくなるし失っていくものばかりに目がいって憂鬱になったりするけど、底力増すんだよ?!ハートの代謝あがるんだよ?!石丸さんの言葉の使い方本当に素敵だなぁって思ったし、心がぷわ〜って楽になって年を取ることも愛しいと感じさせてくれるこの歌がほんとにほんとに好きだった。その歌を楽しそうに歌いながら踊り始める4人をみて、自分もだんだん体が動いてきちゃって、ダンスにそろ〜っと加わるひかる。ステップが足のさばき方が見たことのあるそれでううううってなる。



・ひかるとひかるの姿が見えるようになったかおりが2人で子どもの頃の話をするところがあって、そこのひろちゃんがね、もう本当に本当に優しい目ではるさんをみて、優しい声ではるさんの話を聞くんだ。そのシーンのひろちゃんが、だいすきなひろちゃんだった。あの目がすきで、あの声がすきで。
子どもの頃は見えてたもの、大人になると見えなくなっちゃう、ってゆう、はるさんが歌う曲もものすごく好きだった。すごく懐かしい気がして、でも何が懐かしいのか明確には分からなくて。心の奥の奥の奥の方だけでかすかに残る記憶がぎゅーってうずく。もうないから、もう思い出せもしないから、でもすごく大切なものだった気がするから、分かんないまま切なくなる。




・かおりを通して3人(SHOKO、すみ絵、篠原)と話すひかる。ひかるの声を、かおりの身体を通して聞く3人。はるさんとひろちゃんが声を重ねて喋るシーン。このひろちゃんをみた時、純粋にすごいなぁって、いっぱい練習したんだろうなぁ、本気なんだなぁって、思って涙ぽろぽろでた。あとになって、このシーンは練習一切してないって聞いて、はるさんが毎度神業で合わせてくれていたと知って、それもまた驚くのだけど。こうやって身体ひとつで色んなことを表現する世界なんだなぁって、ひろちゃんはもうそこにいるんだなぁって、涙ぽろぽろした。で!!そのあとね、篠原のSHOKOへの気持ちに気付いたひかるが、篠原と話すシーンがあって、そこのひかるくんがものすごく切ないの。彼女がいて、だいすきで、でも大事にしたくて、イイことちょっとしかできないまま死んじゃったんだって。それ聞いて、篠原がひかるくんの分までSHOKOさんとするぞ!って言うの。きっときもちくてきっと幸せだよ!って言うひかるくん。もーーーーーーーーーー切なすぎる。彼女のこと大事にしたくて、そういう行為を大事にしてて、それが幸せなことだって分かってるひかるくんて、めちゃめちゃいい彼氏じゃない??付き合いたい。(黙)
で、かつてのSHOKOのヒットソングを篠原とひかるで振り付きで歌うんだけど、もーーーひろちゃんだった。踊ってた。すごくすごくうれしかった。曲最後にソロダンスシーンみたいなとこがあって、ジャニーズの振りつけとはちょっと違って、ダンサーさんが表現力とか乗っけて踊る創作ダンスみたいなやつだった。あんな風に踊るひろちゃんは初めて見て、なめらかでキレイで軽いのに重くて熱くてちょっと苦しくて、やっぱり周りの空気が静かにふわって動く。見たことある足首と手首と背中と、見たことない表現。なんかすごくて息するの忘れて、涙だけはぽろぽろ出た。





・ミミを連れ戻す計画を実行する時。ひかるとミミのシーン。もうずっと泣きっぱなしだった。離れたくなくて、繰り返す過去の一部をひかるが死なないように変えようとするミミ。あった現実をなかった現実にすり替えようとするミミに、ひかるは、「もしもなんてない」って言うの。もしもなんてない。あったことはなくならないし、ないものは何度繰り返してもない。自分の生きた時間を、「もしも」を使ってすり替えないでって。だったら自分もそっちに行くって言うミミ。そうじゃないって、そうじゃないんだって。ひかるは、ボクが死んだ日をハレの日だと思ってくれる?って、ボクが死んだ日をハレの日だと思ってほしい、いつか期せずして死ぬっておまけがついてきたとしても、ボクは佐藤ハツミの子どもに生まれてよかった、って言って、「ボクが死んだ日はハレ」が始まる。綺麗なイントロが流れて、ひかるが歌う。ボクはゴジラのように大暴れして生まれてきた、って。生まれてきたら猿みたいで、私を見て笑ったんだって、「天使が笑った」ってミミが歌う。そしたらひかるが、何言ってんだよって呆れたみたいに、なのに、ものすごく嬉しそうに照れ臭そうに、すごく幸せそうに、小さく笑って、「ボクは天使じゃないけど」って歌うの。そのひかるが愛でいっぱいで、愛にいっぱいいっぱい包まれていて、すごくすごく好きだった。
歌中でひかるが生まれた日から死んだ日までを廻る。生まれて、初めまして!ってりんこさんにぎゅっと抱きしめられて顔をくしゃっとさせて幸せそうに笑うひろちゃんは、間違いなくひかるくんだった。春、夏、秋、冬と巡って、最後に交わした言葉を、何度も巡礼して何度も繰り返し口にしたであろう「お互い頑張ろうぜ!」の言葉を、これが最後と分かりながら声を震わせてまた口にするひかるの背中が切なくて切なくて。何度でも思い出していいから、生きて、と歌い、生きるミミの背中を押そうとする優しくて強いあの人は、頭の先から足の爪の先までどこをどう見てもひかるくんで。 ひろちゃんを見つめる時はいつだって一瞬たりとも欠かさず、だいすきと思ってきたけど、このシーンのひろちゃんはひかるくんでしかなくて、だいすきなんて思っている余裕はなかった。



・ひかるについていこうとするミミを4人が止めようとする。あんな感動的なシーンの直後に、4人がミミにかける言葉とそれに対するミミの反応は面白くて、なんでいまこんな?と思いながら、それでもあったかくて、止まらない涙と溢れる笑いで、泣きながら笑う。



・ひかるとミミがお別れして、ミミが目を覚ますまでのあいだの鎮魂歌。鎮魂歌はあなたはそこにいるのにここにいない、わたしはここで生きてくよって、どうぞ安らかにそこにいて、というような歌詞(多分)。上手階段上で横向きに体操座りして、ひとり顔を伏せているひかるにスポットライトが綺麗に落ちて、それだけで、あの小さな劇場の空間が二分にも三分にもされていて、ひかるくんのいる場所がとても尊くてとても遠い場所のように感じて、不思議だった。





・一旦暗転してまた照明がついた時、ひろちゃんは正面を向いて足を下に下ろして5人を上から見守ってるの。
ハレバレハレルヤのファーストステージ前に、SHOKOから準備してくるから場つないで!歌いたいんでしょ!って言われて、前座をすることになる篠原。真っ先に拍手するひろちゃんカワイイ。篠原の歌は、好きと伝えるのも愛し合うのもいつかでいいから、好きな人が笑って歌って踊ってそこにいてくれたら、というような歌詞。篠原がまっすぐSHOKOさんを想う気持ちがすごく素敵だった。




・そしてファーストステージ!めちゃくちゃにかっこよくて、めちゃくちゃに楽しくて、めちゃくちゃに幸せな時間。客席からの手拍子、森さんの演奏、ハレバレハレルヤの全部出し切る!今を生きる!って体現するようなどこまでも響く歌声、青くキラキラ光る衣装、階段上で体を揺らしながら時々エアドラムみたいな動きしながら手拍子しながら楽しそうに見守ってるひかるくん、篠原がキラキラの銀紙を風で宙に飛ばして、視覚も聴覚もただただ幸せと眩しさでいっぱいで、ものすごく素敵な空間だった。


・ファーストステージが終わって、役名でのメンバー紹介。まいらぶりーそん!佐藤ひかる!って言われて階段横からジャンプして降りてくるひろちゃん。そのあと、6人で最後の歌を歌う。左見て右見て、目配せしながら歌う。高橋さんと振りを合わせながら、はるさんに笑われながら、りんこさんと目を合わせながら、めちゃくちゃに愛されてることがわかって、可愛がられてることが分かって、そこにいるのはもうひろちゃんで、そうだ、ひろちゃんてこうゆう人だった、ってじわじわ懐かしさが広がる。なんにも変わってない。そのまんまでいて、だけどそのまんまでいるようで本当はきっと沢山考えて考えて行動したり発言したりする人で、それも含めてありのままで。ひろちゃんじゃんって。楽しそうにしてるのが嬉しくて、変わったのに全然変わってない姿が嬉しくて。


・みんなで礼して、幕の裏へはけていく。幕をぺろって開けてりんこさんを通すひろちゃん。流石の後輩力。小野さんに締め出されてなかなかはけられない上野さんが、SHOKOと篠原の関係がそのまんまでかわいい。鳴り止まない拍手にカーテンコール。今度は実名(芸名)でキャスト紹介。百名ヒロキって紹介されて、ぶわって涙がでる。




・千秋楽では石丸さんも出てきて、出てきたとき、石丸さんに向けて両手前に伸ばしてきゃーって手振るひろちゃん。いつかの少クラで健人くんに手振るひろちゃんとおんなじ姿。かわいかったぁ。ひろちゃんだった。最後にもう一曲ハレバレハレルヤを歌うことになって、ハレバレハレルヤの時はひろちゃん舞台上にいないから、俺はけた方がいいかなって、上手階段の方指差して、あっち行ってた方がいいかなって、急にくそ真面目な顔してりんこさんに聞いてて。りんこさんに、ここでずっと踊ってればいいんじゃね?って突っ込まれて、笑いながらその場に残る。本当に普通にりんこさんと話しているのを見て、本当にこの世界の人なんだーーーーって、もう何回も思ったはずなのにまた思って。間奏でひかるー!!ってりんこさんに促されて、バク転したの。一瞬であの世界にいたひろちゃんを思い出してまた泣いて。あーーーだいすきだって思った。あの世界にいたひろちゃんも、この世界にいるひろちゃんも、私は本当にだいすきだ、って思った。



・脇締めて両手あげて手振って、ありがとうございましたっておじぎして、はけてくひろちゃん。グッナイって言ってはけてくひろちゃん。ちーっすって手してはけてくひろちゃん。右手くるくる回しながら上から振り下げてお腹の前に持ってきておじぎするひろちゃん。ばいばーいって言ってはけてくひろちゃん。



小さい会場いっぱいに大きすぎる拍手の音がそれはもう響きまくって、舞台の上に降り積もったキラキラが綺麗で、幸せが充満して、胸いっぱいで、幕が降りました。





もう眩しすぎた。眩しすぎてキラキラしすぎていてその生き方がかっこよすぎて、なんかもう、ひろちゃんに嫉妬した。
やりたい事が分かっていて、それを叶えるための場所を勝ち取って、悩んでもそれすら楽しくて、積み上げて進んだ先にこんな素敵な場所が待っていて。これまでの過程と、結果として作り上げられた舞台と、終わった後お互いに賞賛し合うカンパニーを見て、素直に羨ましいと思った。演技や歌やダンスの才能、かわいがられる力、駆けつけてくれるあったかい仲間や家族、頑張って自分のものにする力、ヒロキくんが、ひろちゃんが、もっているものすべてに、嫉妬しちゃうなぁ!って思った。きっとこれからだって、踏み出す一歩がいつだって眩しくて、きらきらしてて、あったかい関係であふれていて、ひろちゃんが一歩踏み出すたびに、私はひろちゃんに嫉妬するんだろうなぁって。嫉妬しながらまた沢山好きになるんだろうなぁっておもいました。

いまとてもしあわせです、という話です。

ひろちゃんがカウントダウンみたいなこと始めたのじわじわかわいくてじわじわ嬉しい。「そこ」に向けて、昨日を糧に今日を頑張って明日に備えるひろちゃんを感じて、楽しみにしてるんだなぁ、緊張してるんだろうなぁ、あーーーついに始まるんだって思ったら、なんか、色んなことがぶわっと巡ってうるうるしてきた。


結論から言うと、「ひろちゃん頑張って。応援しています。だいすきです。」ってそんなようなことを書きたいのだけど、
ごめんね、未練がましい人間で過去にしがみつく人間で、でも、どうしてもこの半年のことなしには、ひろちゃんに「頑張って」も「だいすき」も言えないので、遡ります。暗い日々があったけど、今となっては全部必要な時間で全部必要な感情だったと思います。確かに暗いけど、だけど決して暗いだけではなかった。ひろちゃんが、暗いだけじゃなくしてくれた。ひろちゃんだったから。悲しいさみしい嫌だ、って絶望した先に待ってた未来がこんなに明るいなんて思ってなかった。




2月10日、配信されたJr.情報局の動画にひろきくんがいなかった。ジャニアイ中に収録されたものだろうに、ひろちゃんいなかった。こーちくんもいなかった。こーちくんは他番組の収録だろうって言われていて、ひろちゃんも別仕事かなぁ??!!舞台のお仕事入ったかなぁ?!なんて考えて、なんでいないんだろう、って思う気持ちは一切押し込めた。残念に思ったけど、そんなに不安ではなかった。これが始まり。

2月13日、少年倶楽部の収録にひろちゃんいなかった。でも、美勇人くんとのえるくんもいなかった。だけど、ひろちゃんだけに、退所の噂が流れた。全っっ然信じてなかった。すぐ退所させたがる人いるよね、って若干の喧嘩腰になりつつ、本当にそんなことありえるはずがないと、心の底の底の底から本当に思っていたので、あんまり気にもしなかった。

2月14日、朝ブルータス選抜組にひろちゃんが入ってることが分かる。なんだ!大丈夫じゃん、選び抜かれるくらいだもん、やっぱ大丈夫じゃん?!スーツ嬉しくって楽しみで良い朝だった。夜には3月にえび座円盤化のお知らせ。待ちに待ったさっくんでりしゃすな愛。しょーたいむ。楽しみ。明日が楽しみ。来月も楽しみ。

2月15日、平凡BRUTUS発売。ダンヒルのスーツに身を包んだひろちゃん。総額539,000円。決して足が長いわけでも、特別身体が細いわけでも、お顔がめちゃくちゃ小さいわけでもない。だけど、柔らかい目でこちらを見るひろちゃんは、23歳には見えない落ち着きがあって、上品で、育ちの良さが滲み出て、かっこよくて、本当に素敵だった。

2月19日、来週のまいじゃににとらびすじゃぱんが出ることが分かる。予告にひろちゃんも映ってた。ミルクティーみたいな色の髪で前髪が左に綺麗に流されたひろちゃん。ジャニアイ中に見たひろちゃん。喋ってるひろちゃんが見れるかな?!ってまた来週が楽しみになった。

2月21日、MyojoのTravisJapanのページにひろちゃんの姿だけがなかった。テキストには名前すら出てこなくて、いないことに誰一人触れなくて、触れてはいけないことのように進むテキストだった。退所の噂はじわじわ大きくなっていたけど、Myojoの不在でかなりざわざわするようになる。不安になりながらも、お風呂苦手だからかな?!とかどうにか理由をつけようとした。

ジャニショのひろちゃんのお写真が売り切れ始める。再入荷の予定を店員さんに聞いた人の、再入荷はない旨のツイートや、仲田拡輝のみでなくジャニーズ銀座のコーナー自体がなくなるから入荷はない旨のツイートで、TL全体が一喜一憂する。だからどうとは思えなくて、正直ほっといてくれって思った。

2月23日、Jr.情報局からジャニーズ銀座のお知らせのメールが届く。待ちに待ったお知らせ!楽しみにしてたお知らせ。
だけど、TravisJapanの文字のあとに続くメンバーの名前の中に仲田拡輝の文字はなかった。そんなわけないじゃん、噂ばっかり広まってやだなって、ひろちゃんが知ったらどう思うかな、笑うかな、「なんでそんなことになってんの、やめるわけないのにね」って笑うかな、それとも、「今に見ててね、でっかい仕事報告できるんだから」ってわくわくしてたりしないかな、って、今まで頑なに背いてきた噂が一気に信憑性を増した。動揺と困惑と不安が広がって言葉も出なかった。頭の中の情報を整理できなかった。噛み砕けなかった。理解できなかった。


ひろちゃんの言葉を探した。やめるわけないって、大丈夫って、思いたかった。毎日毎日ひろちゃんの言葉を繰り返した。「マジでいく」「まだまだこれから」「より大きい会場で」「ネクストステージ」「見せつけたい」「負けてられない」って、まだ、もっと、次は、来年は、ってその言葉は、どれも前を向いていて、明るくてキラキラしてて希望しか感じなくて、これから楽しみ!ってワクワクさせてくれる言葉ばかりで、やっぱりいなくなるわけないじゃん?!って何度も何度も思ったし、何度も言い聞かせた。いなくなるわけない。


2月26日、まいじゃに出演。ちゃんと、トラビスジャパンの中に、ひろちゃんはちゃんといた。全然喋らなかったけど、それでも、めっちゃひろちゃんだった。小さくかわいくする拍手と、佐久間くんのオタ芸に合わせてする独自の手振りと、前に出ないで周りの空気に合わせるように笑ったり動いたりするとこ、めっちゃひろちゃんだった。いなくなる事実があって仕事を制限していたのだとしたら、まいじゃにだって出なかったんじゃ?と思うと、まいじゃにの出演は少しだけ安心させてくれた。


さようなら、ありがとう、おつかれさまってひろちゃんに別れを告げるツイートが増えた。めちゃくちゃ増えた。見たくないのに、見なきゃいいのに、不安で、誰かに大丈夫って思わせてほしくて、大丈夫って言ってほしくて、また検索して何度も不安になった。ひろちゃんのプロフィールページを毎日確認した。何度も確認した。

3月になると、ひろちゃんのプロフィールは消されるって噂が流れた。あの事務所に限って、そんな律儀にしっかり3月始めに、だなんて、あるわけないと思いながら、あるわけないと言い聞かせながら、



3月1日、びくびくしながら0時を迎えた。あぁよかった、まだいるって安心して眠った。起きて、見るからに混乱した友だちからのLINEの通知を見て、心臓が無駄に早く動いて、急げ急げって、なんでかは分からないけどとにかく早くって、震える手で、それまでに何度開いたか分からない見慣れたはずのページを開いた。何度も確認したあのページは、同じようで違っていて、いつも瞳の真ん中に見ていた部分が綺麗に切り取られていた。あまりにも悲しくて、やだ、やだ、って全身が叫んで、確かにあの日私は絶望しました。


大げさに聞こえるかもしれない。でも本当。ずっと、1日たりともかかさずずっと、ひろちゃんにどきどきわくわくして、楽しくて、沢山幸せをもらって、そうゆう毎日だった。きらきらしてた。当たり前じゃないのにそうゆう毎日が当たり前になってた。毎日を構成してくれていたそのきらめきを全て失うと分かった時、私の毎日に残るものってなんだろう、どうやって生きてきたっけ、どう過ごせばいいんだろ、自分の明日が検討もつかなくて、漠然と何も分からなくなった。ただ泣くしかなくて、でも泣いたって、どんなに悲しくたって、やだって言ったって、どうにもならないことで。人生なんて大抵のことはどうにかできて、どうにかならなくて諦められないほど執着するものなんて今までありもしなかった。自分の力だけではどうにもならないことがあるんだなぁって、初めて実感した。
確かにあのとき、あの瞬間、私は絶望しました。



名前がなくなってもまだそこにいると思っている自分がいて、どうにかこうにかいつか何かの仕事を終えて何事もなかったかのように戻ってくる気がしてしまって、ジャニーズの世界にいる仲田拡輝を諦められない自分がいて、2月の「分からない」時期は本当にしんどかったけど、3月の「信じられない」「諦められない」時期も、うんとしんどかった。



3月24日、ひろちゃんの団扇を持ってひろちゃんに会えると思っていた、Jr.祭り横浜アリーナ初日。いるはずの人が本当にいなくて、どこを見たらいいのか分からなかった。けど、どこを見ていても、目の前にいないのにわたしの目の中にはずっとひろちゃんがいた。いるのにいない虚無感と、なんでいないの?!って混乱する気持ちで、実際には何ひとつ見ることができなかった。

3月26日、ステナビでTravisJapanが去った人たちについて語っていた。きっと誰も何も明言してくれないと思ってた。ずっといたのに、あの子たちの真ん中に確かにいたのに、まるで最初からいなかったかのように、誰も何も触れず、そうやってこれからが進んでいくんだと思ってた。でも、そこには、ひろちゃんの口から語られたと思われる「夢を追いたい」って言葉があった。

きっと戻ってくるって、そんなことあるはずないのに、バカみたいにそう思うことでしか自分を保てなかった。けど、ひろちゃんの意思に触れた途端にストンとおさまるものがあった。諦められない、それはきっとずっとそうで、でもそれでもひろちゃんのことを応援したいと、純粋に思ったのです。





4月1日、ひろちゃんは、新しい名前と肩書きと独特の文章をまとって帰ってきてくれた。お茶目すぎるプロフィールと、闇が垣間見えるポエム、今までのこと、これからのこと真っすぐ見据えて静かに静かに覚悟を決めているような、そんな文章だった。そして、ブログの最後には、まさかの舞台のお知らせ。嬉しかった。ただそこにいると思えることが、表に立ち続けることを選んでくれたことが、とても嬉しかった。だけど贅沢にも、本当にもうあの子たちの真ん中で笑うひろちゃんには会えないのだ、と思ってしまった。これからどうなるかなんて誰にも分からなくて、新しい世界のことを私は知らなすぎて、信じられるものはなくて、ひろちゃん、ごめんね、まだまだ未練の方が大きくて。


ひろちゃんがいなくなった世界は、何事もなかったかのようにあり続けた。流れた時間の分だけ、7人の媒体は増えた。ひろちゃんが何回同じ人に告白するか知りたかったし、シャワー派か湯船派か知りたかったし、ダンス覚えるのは早かったのかレッスンはふざけるタイプなのか、知りたかった。歌ってほしい曲や踊ってほしい曲ばかり増えた。
とらじゃは雑誌のインタビューで、「鍋、あらんも呼んでやろうか!」って言った。その言葉を見てだーだー泣いた。7人のとらじゃはこちらが悲しくなるほど変わらず本気でかっこよくて、とらじゃがかっこよければかっこいいほど、悲しくなって寂しくなった。だけど、きっとそのときにはひろちゃんも呼んでくれるんだろうなって思った。とらじゃはいなくなった人の場所を最初からそうだったように自分たちで完璧に埋めて100%にして魅せるのが上手い。何度だってフォーメーションを変えて、100%にしてくる。それが寂しくって、だけどそれは、本当にいなかったことにするわけじゃなくって、それが精一杯の本気だし決意だし去った人へのエールでもあって、8人になっても7人になっても、きっと根底では9人、っていつも思ってくれてるんだろうなって思えた。最初からいなかったかのようにする、けど、最初からいなかったわけじゃない。全部受け入れて送り出して、じゃぁどうする、って話して悩んで覚悟して決意して。ひろちゃんが一緒にいた仲間は、ひろちゃんが作ってきた関係は、こんなにも心強くて、それが勝手に嬉しかった。ひろちゃんのこと、勝手に誇らしくなった。


ひろちゃんがいないことに慣れることなんてまだまだなくて、同じように世界はあり続ける中でひとり取り残されて行く気分だった。きっと仲田担みんなそうだったんじゃないかなと思う。
クリエが始まって、TLにオリフォが流れてきた。画面をスクロールしながら、まだかなまだかなって誰かを探してて、はってする。そうだった。いないんだった。‬レポが流れてきてかわいくて楽しみで、だけどどこか他人事な自分がいて、なんでだろ、あ、ひろちゃんがいないんだってまた気付く。そんなことの繰り返し。



5月5日、朝早くひろちゃんの百名としての初舞台「ボクが死んだ日はハレ」のフライヤーが公開された。2月26日、まいじゃにを最後に姿を見せなくなって、それから2ヶ月とちょっと。久しぶりのひろちゃんは、短く切った前髪と刈り上げたサイド、こちらにピンと向いた両耳、きりっと凛々しかった眉毛が心なしか少し柔らかく見えて、やっぱり唇は分厚くて、優しい優しい目をしてた。遅れてブログを更新したひろちゃんは、フライヤー解禁を、お顔を見せることを、「特に楽しみでした」って言ってくれた。
悲観的なわけじゃなくて、怒るとか悲しいとか皮肉とかそうゆうんじゃ全然なくて、だけど事実として、置いてかれてしまった、ってゆう気持ちがあったのだけど。あぁひろちゃん、全部置いてっちゃったんだなぁって、思ってたんだけど。帰ってきてくれた新しいひろちゃんは、P.Sってなんでもないことを付け加えてくれたり、沢山寄せられたコメントに触れてくれたり、お顔を見せることを楽しみにしてくれて、少しずつ少しずつ自分のことも話してくれて、それが嬉しくて嬉しくて。あぁまた連れてってくれるんだ、って思った。置いてけぼりにしないよって、良ければ一緒にどうかなって、押し付けるでもなくとてもとても謙虚に控えめに、一緒に連れてってくれようとしているようで。それがすごく嬉しかった。そして、「頑張れる場所を頂きました 私の好きな場所です」の言葉をみて、もうぶわって溢れて、ひろちゃん、ごめんね、だいすき、だいすきだよ!ってどうしようもなくなった。まだ一緒にいられる、これまでのようにとはいかなくても、それでも、ひろちゃんが情熱を注ぐ姿をこれからも見られる、ひろちゃんがいま一番好きな場所にいられる、そう思ったら。もうなにもかも何でもよくなって、未練があって、今もそれはあって、だけどそれとは別の場所で、それに気づかせないくらいに新しいひろちゃんの活動が楽しみで楽しみで仕方なくなった。



5月10日、「ボクが死んだ日はハレ」の舞台の一般発売が行われた。朝10時、ネットでの先着申し込み。1分も経たず完売になった。その後すぐにチケットサイトに高い値段をつけられて掲載された悲しいチケットたち。その日のうちに演出家の方がチケットについてのブログを更新した。そのあとすぐ、ひろちゃんもブログを更新した。悲しくて強くて優しいブログだった。チケットについても今までのことについても、ある意味では悲しいことを言おうとしていて、言わなきゃいけないって考えていて、だけどきっとみんなが悲しくならないようにって、あのかわいい模写をくっつけてくれて、不安にさせてしまったねって、付け加えてくれて、そして挑戦をやめません、と。優しさと強さがいっぱい詰まった文章で、ひろちゃんの懐の深さというか器のでかさというか、思慮の深さがすごくて、だけどやっぱりいろんな意味で悲しいブログだった。

5月11日、新しい舞台の情報。「マクベス」そのすぐあとに共演するすんらさんもブログを更新。ひろちゃん、もう情報解禁してもいいですか?!って掛け合ってくれたのかなって、そう思わざるを得ないタイミングだった。みんなひろちゃんに会いたくて、会えないの悲しいってコメントしてて、すぐ会えるよ!会いにきてよ!って、情報解禁してくれたようで、ほんと、思い込みなんだけど、そうとしか思えなくて、優しさしかないなぁって思った。


ひろちゃんは、自分でこそ自分の姿を見せなかったけど、ひろちゃんの周りにいる人によって、ひろちゃんの今の姿は結構な頻度でSNSに出回るようになる。



7月1日、ついに百名ヒロキ名義で舞台のチケットの先行予約ができるチケットクラブが開設される。その名も「100na ticket club」!!なんと愛しいネーミング。そして、初めて自分で自分の姿を見せてくれる。

7月4日、まったりゆったり始まったカウントダウン、初舞台「ボクが死んだ日はハレ」初日まであと8日。






今まで見てきたひろちゃんが大好きで、間違いなくあの時あの瞬間、どの瞬間も目の前にいるひろちゃんが大好きだった。歌って踊ってるひろちゃんが、みんなに手を振るひろちゃんが、優しい目で探してくれるひろちゃんが、大好きだった。

だけど、私は今、ひとりで、夢に向かって、自分のやりたいことなりたい自分に真正面から向き合って、ひとつひとつ自分のものにしようとするひろちゃんが、間違いなく大好きです。

あの時のひろちゃんとは、私が好きだったひろちゃんとは、いろんなものが違って、変わって、まだ生の姿だって見てないけど、でもわかる。全然わかる。だって、かっこいいなんて二の次で、自分から前へ前へ出るタイプではなくて、だけどしっかり自分を持ってて、実は頑固で、目が優しくて、そうゆうとこ好きになったんだもん。ブログの文章も、他人のSNSばかりで披露される姿も、ひろちゃんはひろちゃんでしかなかった。好きに決まってる。

自分は今までの日々を捨てきれなくてしがみついて何度も悲しくなって寂しくなって、だけど、そんなのどうでもよくなるくらい、ひろちゃんが頑張ってるのが、やりたいことやれてるのが、日々が充実してるのが、悩んでても楽しそうにしてるのが、こんなにも嬉しい。こんなの好きじゃなかったらなんなんだろう。





それにね、ここがひろちゃんのすごいところなのだけど、悲しくったって寂しくったって、ひろちゃんの言葉を聞く度に、あぁこれでよかったんだ、って思える。
積み上げた経験や関係があって、恵まれた環境があって、これから先が楽しみって思えるくらいに仕事だってあった。それなりに求められてた。そうゆう場所から抜けて、勿体無くないのかって。やっぱりあの場所でなきゃできないことがあったんじゃないかって。厳しい世界でひろちゃんの夢が叶うかだって分からないじゃないか、って。外野がそう言いたくなるくらい、このタイミングで?!とゆう時期にひろちゃんはいなくなった。結果がすべてではないけど、目に見えるのは結果で、いつかそれが目に見えた時、やっぱりそこにいればよかったのに、と他人に言われてひろちゃんが傷つきやしないかと、ひろちゃんが後悔しやしないかと、怖かった。お節介にも勝手に怖かった。けど、そんな心配は少しも必要なかった。ブログが更新される毎にそれが分かる。ひろちゃんは多分、後悔なんてしない。もったいないとか、恵まれてるとか、求められてるとか、そうゆうことは関係なくて、そうゆうことは、そこに「いる」「いない」の理由にはならなくて、天秤なんていらなかった、そう言い切ったひろちゃんに少しだけ寂しさを感じながら、それでもその意思の強さと芯の強さが本当に本当にかっこいいと思った。
悲しい寂しい嫌だ、これで本当によかった?ひろちゃん幸せになれる?何度も何度もバカみたいに感情が右往左往して、すぐ暗い世界に引き込まれて、だけど、ひろちゃんの言葉を聞くたびに、こちら側に連れ戻される。ずっと前みてて、好きな世界で好きなことができることにわくわくしてて、挑戦することが楽しくて、周りにいっぱい感謝して、今が幸せで、今が自分らしくて、今以外ありえなくて、未来は明るくて、こちらは未練に縛られたりするけど、そんなものいらないんだよ、ってずっと言ってくれてるみたいで、何にも縛られてないひろちゃんはかっこいいし、これでよかったんだねって思わせてくれるひろちゃんは本当に強くて優しかった。ひろちゃんがこんな風に思えるのならこれでよかったんだ、私もうれしいな、って思えて、それを共有できる環境を作ってくれて本当に幸せだなって思えた。何度だってひろちゃんはこちら側に連れ戻してくれた。

ひろちゃんを好きになってから迷いなくずっと幸せで、なんでだろうって思って、やっと今少し分かったのは、いつも、いつだってひろちゃんはこれからを信じさせてくれる人だった。明日を楽しみにさせてくれた、来週を楽しみにさせてくれた、来月も楽しみで来年も楽しみで、不安定でどうなるか分からなくて、それでも、ひろちゃんはこれからを信じさせてくれる。毎日明日が楽しみだったの。だからこそ、いなくなって何もなくなって、信じてたこれからが一瞬で崩れて、怖くて分からなくて辛かった。でもこうしてまた戻ってきて、変わらず明日を楽しみに思わせてくれる。以前より格段に安定しない世界で、けれど少しだけ柵も少ない世界で、イチからだけど、それでも、なんの疑いもなく、ひろちゃんはまた、これからを信じさせてくれる。



‪表にいることを夢見てくれて、それに対してちゃんと努力してくれて、結果今までとは少し違った形でひろちゃんの姿を目にできる。近況や気持ちを知ることができる。ひろちゃんが変わらずだいすきなひろちゃんであることが分かって、変わらず毎日ひろちゃんのこと考えるのが当たり前な日々で、肩書きが変わっても変わらずだいすきでいられて、変わらず毎日好きは更新して、好きは増えて、大好きが積もって、それが本当に本当に幸せで、こんな未来があるなんて、少しも、これっぽっちも思ってなかった。


暗いと思ってた日々は、今こんなにも明るくて幸せで満ち溢れています。暗いだけじゃなかった。あの日々はなくならないけど、それ以上に、もっとひろちゃんのことを好きになれた半年間でした。ひろちゃんじゃなきゃきっとこうはならなかった。全部全部ひろちゃんのおかげ。ひろちゃんを好きでよかった。ひろちゃんを好きになれてよかった。ひろちゃんでよかった。



‪‪頑張ってるひろちゃんが、ひろちゃんが見せてくれるひろちゃんが、すきで、すきで、だいすきで、いま、間違いなく、いまのひろちゃんが大好きです。




初舞台まであと3日。

どうかどうか、ひろちゃんの第一歩が、その名の通り晴れやかで、素晴らしいものになりますように。




ひろちゃん、ありがと。
頑張って。だいすきです。